語り合う会
さて、三人は今日の公演について、更にはマツリンについて語り合う会を開催していた。
クールな印象の神林も今日知り合ったばかりの中年と会社員に対して笑顔だった。
「山口さんと森田さんは同じ職場の方なんですか」
神林が尋ねる。
「いやいや。僕はフリーライター。森田くんは会社員だよ。レモンジュースのライブで知り合ってね」
「そうですか。僕は最近東京に引っ越して来たんですけど、ダンス講師やってます」
「そうか。夢を持って上京したって感じかな」
森田の質問に、少し考えたような表情になる神林。
「うーん。夢もありますけど、小さいアパートで一人暮らし寂しいですよ」
だから、彼はアイドルに心を奪われたのだろうか。森田はそんな想像をしていた。
「ところで、オーデ組の2人は圧巻だったな。まるで、研修3年経験してるような貫禄だったよ」
一連の自己紹介が終わると、山口がしみじみと言った。
「ですね。特にマツリンのダンスは上手かったですね」
森田のこの発言に、神林は食いついた。
「そう、ダンス。兄弟の影響で小一からやってるらしいですよ」
「へぇー。そりゃ上手いわけだ」
「中学、高校は陸上部のエースで、県大会でも入賞するくらいだったとか」
神林はどんどん情報をくれる。
「だから体力もあるのか」
山口は納得するとと共に違和感を覚えた。しかし、その違和感を考える暇もなく、森田が話を続けた。
「そうだ!衣装も新しいかったですね」
「天使をイメージした羽はいいですけど、ちょっと踊りにくそうでしたね」
神林はダンス講師としての意見を述べた。
「確かにな。レモンジュースの初期の衣装にも羽が生えてなかったか?」
山口は過去の話にも触れながら話題を進めた。
そうこうしているうちに、駅に着いた。
神林は夕飯を買って一本後の電車に乗ると言う。
山口と森田は連絡先を貰い、解散した。
エンジェル・アイのデビューに立ち会えた事、神林という若い好青年との出会い語りあった事の余韻を噛み締めながら電車に揺られた。
山口は家に帰り。グッズの整理などをしていた。
黄色のペンライトを所定の位置に置き、今日のセトリを振り返るためにイヤホンをつけようとした時、例の違和感を思い出した。
マツリンのブログや自己紹介に陸上をしていた事は語られているが、県大会で入賞したなど言っていただろうか。
それに、ダンスを習い始めたのは小一である。これはラジオなどで山口が聴き逃した可能性があるが、兄弟の影響で習い始めたという事も山口の聴き逃しだろうか。
しかし、神林という好青年がかなりのオタクであることは分かった。
もしかしたら、東京への移住も現場に参戦するためなのかもしれない。
その日山口は、熱い気持ちの新参者は大歓迎だと思うに留まった。
3週間が過ぎた。「エンジェル・アイ」はデビュー後テレビやラジオ、時に地方局であっても出演し、かなりの情報がオタクにもたらされた。
その中に、神林の言っていた陸上の話題。ダンスの話題もあり山口は聴き逃していたのだと少し反省した。
そんな気持ちは切り替えて、本日も「エンジェル・アイ」のライブである。
「レモンジュース」にとっては聖地でもある、中野ムーンプラザという場所で行われる。
なぜここが聖地かと言うと、「レモンジュース」のお披露目&デビューがここで行われたのだ。
そして、先日。山口の推しであるモカピこと梅本萌香の卒業もここで発表された。
悲しみの中、今日はエンジェル・アイのライブに向かう。
悲しい事はアイドルが吹き飛ばしてくれる。
これは以前森田が言っていた事だか、今日ほどそれを感じたい日はなかった。
森田、神林も同じ会場にいるようだが今日は席が離れてしまった。
しかし、語り合う会は本日も開く事になっている。森田の発案で、山口を慰める会も行う事になり、ライブ後近くのカラオケ店に行くことになっている。
さて、ライブが始まった。
前回はごちゃごちゃだったMCトークも上手くまとまり、パフォーマンスはさらに磨きがかかっていた。
メンバーが時折見せるウインクやハンドサインは観客を意識したものとなっており、ますますレベルアップを感じた。
山口は励まされる気持ちになり、同時にこのグループに出会えた事に感謝した。
これがオタクをしていてよかったと思える瞬間のひとつである。
「今日も痺れましたね!」
マイク片手に森田が叫んだ。カラオケで語り合う会は開催された。
酒を飲み始めてテンションが高い。
神林はまだ誰も歌っていないのに、タンバリンやマラカスを持っている。
「ほんとだよ。このグループに出会えて良かった!ほんとに良かった!」
山口は思わず涙が出そうになった。
「泣かないで下さい。曲流しますよ」
神林はこの前、山口が一番好きだと言った「レモンジュース」の「弾ける強炭酸」という曲を流し始めた。
山口は涙を抜くうと、キーを下げて全力で歌った。
「モカピー。いなくならないでくれー」
山口、森田はだいぶ酔いが回っていた。
山口は子供のように叫んだ。
「マツリンが卒業するなんて考えられないですね」
森田が笑いながら言う。つい最近デビューしたばかりだから当然だ。
「マツリンは24歳までは辞めないとおもいますよ」
唐突に神林が言った。それも自信ありげに。
「なんでそんな事がわかるんだよ」
森田がマラカスで神林をつつきながら言う。
「なんとなくです」
一同が笑い転げた。
「僕も歌います!」
そのままの勢いで神林はマイクを取った。
すると、今日披露された曲や神林がそれほど詳しく無いはずの「レモンジュース」の曲5曲程を綺麗な歌声と、完璧なダンスで踊って見せた。
中には、まだライブでしか披露されておらず、ミュージックビデオもない「エンジェル・アイ」の曲のダンスもあった。
今日観ただけで覚えたのだろうか。
さすがダンス講師は違うと森田は関心した。
「マツリンって確か縄跳びが得意なんすよ。三重跳びとか、はやぶさだったかな、そういうのも出来るらしいですよ」
神林はベロベロに酔った山口と森田にマツリン情報を教える。
「知らなかったな。縄跳びか」
「あと昔、家族で遊園地に行った時お化け屋敷が怖すぎてお化け役のスタッフにタックルして転ばせたこともあったらしいです」
「それも初耳だな。神林くん。詳しいな」
森田がビールを飲みながら言う。
「あれ、もしかして知りませんか。誰か別の人と間違えたかな」
神林は笑うと、ビールを飲んでさらに続けた。
「ここだけの話。松園って偽名らしいっすよ」
「そうなのか!初耳だ」
森田が立ち上がって言う。
「言われて見れば、本名とは言って無かったな」
山口も納得した。山口が言い終わるか終わらないかのギリギリのタイミングで、神林はまた歌って踊り始めた。
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