第17話 勇者様、壁を超える

 ページは話を続ける。

「さて、話がすっかり脱線してしまいました。オレンさん。あらためて、今日来ていただいた本題なのですが…。」

「…。あ、はい。」

 オレンは、これまで抱いていたヒナの姿と、本当の姿とのギャップが衝撃的過ぎて、少し呆然としていた。しかしふと、これまでの会話が六色ワンドの話からヒナの話に変わり、結局、自分が何故呼ばれたのかも未だ知らないことに気づいた。

「実はですね、先ほど、大盾の勇者の方々が来られて、『白鳥のくちばしにある、神秘なメタリシス、植物金属ハーペリア』この暗号のような情報の解読を頼まれたんですよ。」

 オレンは驚く。昨日の夜に話したことが、もうここまで届いていることに。

(そういや、ヒナさんは、皆焦ってるって言ってたような…、そうか、本当にそれほど必死なのか…。)

 オレンは驚いたと同時に、自分が呼ばれた理由と、色々な事柄が繋がって納得する。

「それでですね。この情報の提供者であるあなたと答え合わせをしたくて、本日お招きさせていただきました。」

 ページの言葉には、いつの間にかこれまでの子供っぽさが消え、落ち着きが増している。

「…。そうですか。何かわかりましたか?」 オレンは尋ねる。

「えーと。まず一つ一ついきましょう。そうですね、少し基本的なところから…、この国の様々な地域には、希少金属の鉱山や貴重な宝石にまつわる伝承が残っています。これらはしばしば信仰の対象とされ、その地域特有の言葉で祀られることがあります。それらのことを踏まえると、『神秘なメタリシス』という言葉は、恐らくそういった類の言葉で、次の『植物金属ハーペリア』が具体的な信仰或いは、希少金属自体の名前だと考えられます。ここまではいいですか?」

「…はい。」 オレンはページの子供らしくない論理性に、内心圧倒される。

「そう考えて、『植物金属ハーペリア』について一通り調べてみましたが、同名の物を記録した文献や伝承は、残念ながら見つけられませんでした。同様に、『神秘なメタリシス』という呼称についても、そのような言葉が残る地域は見つけられませんでした。もちろんある程度の文字の類似性も考えて探しましたが、さっぱりです。」

「そうですか…。」 ページの両手を上げるジェスチャーは、話す言葉に比べて子供らしく見えた。

「それにしても、『植物金属ハーペリア』って言葉、どう思いますか、オレンさん? 植物と金属の異なる性質や特性が融合している事を意味しているのなら、これは凄い事ですよね。そんな素材があれば、様々な家具や建築物、装飾品などの芸術品などに革命が起こりそうです。ハーペリアという名前の響きには、楽器の素材としても適正が期待できます。夢が広がりますね!」

 ページは好奇心あふれる子供の様に語る。

「後、弓の素材に使ったりとか?」

「…。そうそう、弓に使うのも良いアイディアでしょうね! 何処の部品にも、ひょっとすると弦に使っても良いかもしれません。」

「ハハッ。」 オレンは、ページに褒められたように感じて、少し気が良くなった。

「…。ということで、このままだったら何もわからず手の付けようがなかったんですけど、最後の言葉『白鳥のくちばし』。この言葉については…。」

 少し間を開け、勿体付けるような物言いをするページ。

「まったく何にもわかりませんでした!」 (てへぺろ) ページは最大限子供っぽさを利用する。

「…。え? でも、ということは…。」

 オレンは、最終的な結論を聞いて困惑する。ここまでの長話に付き合わされた徒労感を、隣から聞こえる失笑が煽る。

「フフフッ。いえ、ごめんなさい。そう、わからないことが、分かったのが成果なんです。」

(なんだその、とんち話。) と、オレンは不快になる。

「これを見て下さい。」 と言って、話題を変えるかのように、ページは用意してあった地図を広げる。

「この世界地図は、タワーから南側の我々人間の世界をほぼ網羅して、北側の魔族の世界が判明している範囲で描かれています。これを見てどう思いますか?」

 ページが開いた地図は、人間の世界に対して、魔族の世界は四分の一ほどの狭さしか描かれていなかった。

「え…。そうですね、分かっている魔族の世界はまだ狭いんですね。」

「そう、正解です! 分かってますね、オレンさん!」 ページは笑顔でオレンを持ち上げる。

(何が?) と思っているオレンをよそに、ページは話を続ける。

「こういう仮説は成り立ちませんか? 我々が調べた範囲で分からないということは、それは、我々が調べられない範囲に答えがある。と。」

「え?」 ページの意表を突く仮説に、オレンは困惑する。

「こちら側の人間の世界から見ると、タワーがあまりにも巨大なので相対的に霞んで見えてしまいますが、その北東に位置するこの巨大な世界樹は、こちらからでも、その存在を確認することができます。」

 と言い、地図に記された魔界側にある世界樹を指さす。そして、

「この世界樹の周辺にある幾つかの湖のうちの一つ。オレンさん、この湖を見て何か思いませんか?」

 さらにその指を、幾つかある湖の1つに移す。

「…。普通の湖じゃないですか?」 オレンには、それはただの湖にしか見えない。

「そうですか? ではこう、ひっくり返して見てみましょう。ほら、この形、白鳥の様に見えませんか?」

 確かに多少歪ではあったが、大きな翼の様な胴体と、長く伸びた首、丸みを持った頭とくちばし、それは白鳥の特徴を捉えた形のように見えた。

「『白鳥のくちばしにある、神秘なメタリシス、植物金属ハーペリア』そんな物が本当にあるとしたら、それは…。」

 と言って、地図上の白鳥型の湖のくちばしの位置をページはトントン指差した。

「……。」 オレンは絶句する。そして、ページは付け加える。

「と、ここまで言って何なんですが、これは全く根拠薄弱で推論とも言えない、妄想の域を出ないものです。なので、もし間違ってても僕を怒らないでね。だけど、ただ…、真実を確認してみる価値はあるかもしれません。」

 ページが締めくくる言葉は、本人を投影するかのような子供らしさと聡明さが入り混じる不思議な魅力があった。

「と、いう様なことを、先ほど大盾の皆さんにも説明したら、慌ててすぐ出て行かれたので、今頃はここに向かわれてるかもしれません。」

 オレンは、与えられた情報量が多すぎて処理するのに時間がかかっている。しかし、ページの最後の言葉を聞いて単純に驚いた。

「えっ?! あのタワーの障壁を超えて行けるんですか?!」

 ページはオレンの驚きの声に、笑顔で応えた。

「タワーの魔法障壁について、オレンさんは何も知らないんですね。」

 その笑顔はページのどちらの顔なのか、オレンにはまだ、わからない。

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