第13話 勇者様、お家に帰る
ブラッドが移動魔法を使って飛んで行く空は、夕日で綺麗なオレンジ色に染まっていた。
「さてと、そろそろミーヤも帰ってくるかな。」
と、呟いてオレンは、家の仕事に手を付け始めた。家事をこなしながら、一つの懸念が頭を過る。「メティスの大盾」のメンバーは四人。そしてそのうち三人が家に来たのだから、最後の一人がいつ来てもおかしくない。オレンも心の準備をして、いつでも対応できるよう備えてはいたが、さすがに常に張り詰めているわけにはいかない。それに、身体の生理現象はどうしたって避けられない。だから、オレンを責めることはできない。不運な出来事というのは、得てしてこういう時に限って起きるものだから…。
「おーい。しょうね~ん。いる~?」 という声と共に、突如、トイレのドアがバーンッ! と開かれた。
「あ…。ごめんなさい。」
静かにドアを閉めるルーナは謝りながらも、その耳には小刻みな震えを隠し切れずにいた。
「~~~~~~!!」
針の穴を通す様な備えの隙を見事に突かたオレンの叫びは、羞恥と屈辱と自尊がブレンドされた声なき叫びだった。
ーその日の夜 オレンの家のミーヤの部屋ー
今日は、ミーヤたちのカカミ中等学校マジオ同好会(カカマジ)の放送日だった。
(ミーヤ「いやーまいった、まいった。」
(リンカ「え? 今日もですか? ミーヤさん、たまにはスッキリ始めましょうよ。」
(ミーヤ「いやー、今日は本当に、まいったね。」
(サンセ「えー、何かあったんですかー? ミーヤさん。」
(ミーヤ「いやー、ねー、リンカさん、サンセさん。今日はもうー、どうする? もうやめる?」
(リンカ、サンセ「「いやいやいやいや。まだ始まったばっかじゃないですか!」」
(ミーヤ「うーん。どうしようかなー。それはそうと、今日はねー、なんと、ゲストを呼んでいます。」
(リンカ「えっ、全然聞いてないですよ?」
(ミーヤ「うん、言ってない。だって、ついさっき交渉して決めたから。」
(サンセ「えー、誰なんですかー?」
(ミーヤ「え? 聞きたい? どうしよっかなー。」
(サンセ「ちょ、意地悪しないで、紹介してくださいよ!」
(ミーヤ「はいでは! 本日のゲストをお呼びします! 『メティスの大盾』の勇者、ルーナ様です! ぱちぱちぱち。」
(ルーナ「はーい、皆さーん、こんばんは。 今日は、ミーヤちゃんのお家にお邪魔してまーす。よろしくね。」
(リンカ、サンセ「「ええええええ!!」」
ー同刻 オレンの部屋ー
「ああああああ!! なんなんっ! マジで! なんなんっ!!」
部屋の作業机を思いっ切りバーンッ! と叩いて、オレンは叫ぶ。その声は家の外にも響く大声だが、ミーヤの部屋には、放送中は騒音を防ぐ魔法防壁が張られ、その声は通らない。
「ああああ! あー、ありえねぇ! ありえねぇってっ! 何だよっ! 勇者の特権てっ?! どういうことだよっ!」
「じゃあなにか? 人の家に勝手に上がって、タンス開けたり壺割っても無罪放免なのかっ?!」
「ふっざけんな! こっちだってなあ…、こっちだってなあっ!」
日に四度の勇者の訪問に、我慢の限界を超えたオレンは盛大にキレ散らかす。しこたま大声を張り上げた反動で脱力したオレンは、作業机から体を起こし、その裏にある大きな本棚にもたれかかる。その本棚には多くの本が、隙間なく整理されて並んでいる。
「何度も何度も何度も何度も…。」
「そりゃまあルーナさんに覗かれたときはちょっと目覚めそうになったけれども……。」 この言葉はとても早口で囁かれた。
「いやダメだろ! ダメだよなぁ!!」
「だああああっ!!」
と、もう一叫びして、本棚に八つ当たりするオレン。するとその衝撃で、本棚の一番上の本が、丁度オレンの頭に落ちてきた。
「イテッ!」 と、オレンは本の直撃を受け、本は床に転がった。
「イタタタタ…、あー、もー、ほんとに、今日はツイてない…。」
そう言って、落ちた本を拾おうとするが、オレンは少し躊躇した。その本は亡き母親の日記だった。
作業部屋の本棚には、二種類の本が並ぶ。1つは父、オーシュの農業日誌。日誌には、日々の作業内容のみならず、栽培計画、販売交渉、周りの農家との付き合い方、などなど、生活のありとあらゆることが書かれていた。オレンは父親が残したこの日誌を、教科書として毎日のように読み込んだ。それによって得た知識とその実践、その繰り返しのおかげで、この年で立派に自立することができた。
もう1つが母、マリアの日記。病弱だった母が、ベッドの上で書いていた日々の日記である。二人が亡くなった時、この二つと果樹園を形見として受け継いだオレンだが、父親の日誌に対して、母親の日記は、母親といえど私的な物である気がして、オレンは中身を見ることができなかった。
その母の日記が、偶然にも開いてしまってオレンは少し躊躇する。オレンは読む気はなかったが、偶然開いたページに書かれていた1つの言葉が目に留まり、つい、そのページを読んでしまった。
“今日は庭で、子供たちがおもちゃの弓で楽しそうに遊んでいる。オレンはお兄ちゃんなのに、ミーヤの方がうまいのね。それとも、わざと負けてあげているのかしら。そういえば、私も子供の頃、同じように弓をつくって遊んだっけ。あれはそう、ちょうど白鳥のくちばしにある、神秘なメタリシス、植物金属ハーペリア。それを使って友達にも弓を作ってあげたんだ。あの子は今頃、元気にしてるかしら……。”
(…………。)
先ほどまでオレンにあった熱量が嘘のように冷えてくる。ここに書かれている事は、部分部分で意味の分からないところもあるが、恐らく、今日何度となく聞かされた勇者たちが求めているもの、その手掛かりだと、おぼろげながら読み取れた。
(なんだこれ、どういう意味だろう? 植物金属……。聞いたことない。白鳥のくちばし?)
オレンはしばらく、黙り込んで考えた。
ー再びミーヤの部屋ー
カカマジの放送では、楽し気な会話が続いていた。
(ルーナ「…ってなことがあったわけよ、ナハハハ。」
(ミーヤ「えー、本当ですか? ブラッドさんて、そんな一面があるんですねー。」
(ルーナ「でしょー。意外でしょ。ナハハ。」
(リンカ「はい、ではルーナさんへ、続いてのお便りです。マジオネーム、愛のガンマン「姉さん、何してんスか?」」
(ルーナ「えー、何しようといいじゃなーい。ねぇ。もぉー、ミーヤちゃん、かーわーいーいー。」
(ミーヤ「キャーーー!」
ーーーー
同じ家の中で、対照的な時間が流れていった。
放送が終わる頃には、すっかり夜も遅くなっていた。ミーヤとルーナはキャッキャと会話をしながら、部屋から出て食卓に向かう。その姿は、ずっと前から友達だったかのような遠慮のない距離で、微笑ましくすらあった。
「ミーヤちゃん、ありがとうねー。今日は楽しかったー。」
「こちらこそー。とっても楽しかったですー。」
二人を食卓で待っていたオレンは、迷っていた。日記の内容が気になったオレンは、罪悪感より好奇心が勝り、記述があった部分の前後も開いてみたが、そこにあったのは日々の記録や、その時の感想が記された本当に普通の日記だった。結局、最初の記述の部分しか有益そうな情報はなかったわけだが、それをルーナに伝えるべきか迷った。
「ルーナさん。今日は私の我儘に付き合ってもらって、本当に、ありがとうございました。」
ミーヤは、それまでの態度から畏まって、丁寧に頭を下げた。
「いいのよ、そんな。私も好きでやったことなんだから、ナハハハ…。」
オレンにとってそれは、普段であれば特に気にも留めないやり取りであったろうが、今の成長したミーヤの姿が、母親の日記の中にいた、昔の思い出の中の姿と重なる。それがオレンを決心させた。席を立ち、ルーナに話しかける。
「ルーナさん。あの、ちょっといいですか? 植物金属ハーペリアって知ってます?」
「んー? ナニソレ? 聞いたことなーい。」
「そうですか。『白鳥のくちばしにある、神秘なメタリシス、植物金属ハーペリア』っていう情報、役に立ちそうですか?」
「ふーん、白鳥のくちばしねぇ…。どゆこと?」
「実は、俺もそれ以上のことは、わからないんです。」
オレンは下手くそにはぐらかして、日記のことは隠した。言おうか迷ったのは、情報の出どころを詰められた時、どうやって誤魔化すか思いつかなかったからだった。もしこの時、強く詰められていたら、オレンは抵抗することもなく、母親の日記のことも話していたかもしれない。
「そっかー。じゃあ、こっちで調べてみる。ありがとね。少年。」
「それじゃ、ミーヤちゃんも元気でねー。」
そう言って手を振るルーナは、二人に見送られて、移動魔法を使って去っていった。
「…。お兄ちゃん。」 「ん?」
「エルフって…、陽だまりのコバルトモモンガのお腹の匂いがするんだね…。」
「…。そっかー…。」
二人は並んで、ルーナが飛んで行った星が輝く夜空を、しばらくボーと眺めていた。
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