第11話 勇者様、押し入る

 火竜亭での騒動から解放され、オレンは帰路ついた。仕事が終われば、ユーザまで行く日でも、まだ日が昇っているうちに村に着く。ミカビ村に帰ると、農家を回り、頼まれた物を渡したり、仕事を手伝ったりして家へ戻る。家に着くと、ひと仕事終えたオレンは、いつもの食卓で一息ついて、ゆったりと過ごしていた。食卓のスピーカーからは賑やかな声が聞こえてくる。

(観衆「わはははは。」

(***「それはくりーむしちゅーやがな。間違いないよ~

(***「アタイもそうおもうんやけど、オトンが言うにはな~

 食卓のスピーカーからは、聴衆の笑い声と、二人組の掛け合いが聞こえてくる。とてもリラックスした中、それを聴くオレンもまた、笑いながら一人呟いた。

「ははは、相変わらず面白いな珈琲少ー」 独り言を言い切る前に玄関のドアが突然、バンッ!と開いた。

「じょうぉぅっ!」

 完全に不意を付かれ、変な声が出るオレン。音がした玄関の方へゆっくりと視線を送ると、その先にはー

「こんにちは。」 勇者ヒナが箒を持って立っていた。


「は?」 (なんで? 何で家に来てんの? なんで? なんで??)

 混乱し、固まるオレンにヒナは言葉を続ける。箒の頭には猫のピアが、こちらを見ている。

「入っていいですか?」 ヒナの質問の応えを待たず、ピアは箒から降りて部屋の中に侵入する。

「え? あ…、はい。どうぞ。どうぞ。なんか、こんなところですいません。」

 と言って、慌てて食卓にもう一つ椅子を用意するオレン。緊張となれない動作でオレンの動きは滑稽なほどぎこちない。食卓を挟んで向かい合う二人に微妙な空気が流れる。ピアは部屋を一周して、結局座ったヒナの膝の上に収まっている。オレンの脳裏に(あれ? 俺何してるんだろう…。)という考えが芽生えた時、ヒナの口が開いた。

「あなたが教えてくれた情報のおかげで、このアイリスケリュケイオンを見つけることができました。」

 と言って、ローブの中から杖を取り出し、食卓の上に置いた。特徴的な蛇が絡みついたデザインのロッドはキラキラと輝き、その先端には六つの美しい宝玉がはめ込まれている。その宝玉一つ一つが、ぼんやりと神秘的な光を放っている。

「これが…。間近で見ると凄いものですね。」

 こういった物に全く知識のないオレンでも、これが特別な物だと理解できるほど、杖は特別なオーラを放っていた。その美しさに少し見惚れるオレン。

「はい。今日はそれで、情報提供のお礼を渡しに来ました。」

 そう言うと、ヒナは杖をローブの中に戻し、代わりに反対側から長細い装飾箱を取り出し、食卓に置いた。

「どうぞ。」 と、ヒナは差し出した。

 オレンは少し躊躇したが、とりあえず箱の蓋を開けた。中には綺麗に磨かれた金貨が十枚、箱のサイズにきっちりと入れられていた。その中身を確認し、蓋を閉じる。オレンは同時に目を閉じて、しばらく沈黙の後ー

「これは受け取れません。」 と箱を突き返した。

「どうして?」 と間を置かずに聞くヒナに、困った顔でオレンは言う。

「うーん。何から言えばいいか…。その杖。その杖に、こんな法外な報酬が出るような価値があるってことはなんとなく分かるよ。でも俺は、その報酬に見合う仕事はしてない。だから、これは受け取れません。」

 オレンの言葉はいつになく真剣だった。それは、これまでの生活を自力で守ってきた誇りからきている。

「そう。」 と、箱をローブに引っ込めるヒナの表情は、少し悲しげに見える。

「…。まーそれに、この村じゃ金貨なんて使いようがないですから。ハハハ。」

 オレンは自嘲ぎみにそう言って、場を和ませようとする。心の中では(一枚ぐらい貰っとくべきだったか?)という後悔が過る。そして、ふと脳裏に過った、かねてからの疑問を聞いてみることにした。

「あの…。どうしてヒナさんは、俺を特別だと思ったんですか?」

 その問いに、暫く黙っているヒナは考えているようで、何も考えていないような表情をみせる。膝の上で蹲るピアの黒い身体によく映える白い尻尾が、ゆらゆらと揺れる。そしてー

「それ…。」 と、食卓の一点を指さした。

「え? これですか?」 オレンは、ミーヤのために置いてあるみかんを持ち上げる。

「そう…。」 と応えるヒナ。

(?? このみかんがどうしたんだろう? ああ、そうだ。)

「そういえば、初めて会ったとき、そのピアちゃんが咥えていったみかん、どうしました? 食べました?」

 オレンは、あの時の頭にもぐりこんだ状況を思い出し、少し冗談めかして聞いてみる。

「はい、食べました。」 ヒナは、全く動じずに応える。

(え? 食べたんだ。 この不味いみかんを…。)

「あの、不味くなかったですか?」 先ほどとは違って、少し申し訳なさげに聞いてみる。

「不味くはなかったです。」 ヒナは、全く動じずに応える。

(不味くなかったんだ…。ホントか? でも、嘘を言ってるようにも見えないし、うーん。)

「えーとじゃあ、このみかんも欲しい?」

 ヒナの意外な返答に少し混乱したオレンは、自分でもよくわからない提案をする。

「くれるの?」 「どうぞ。」 と、みかんを渡す。

 一連のやり取り中、内心は全く納得がいかないオレン。それをよそに、みかんを受け取るヒナは少し嬉しそう。

「いくら?」 みかんから顔を上げ、ヒナは尋ねる。

「え? ああ、お金はいらないです。これは売り物じゃないので。」

「そう…。やっぱり。」

「「…………。」」(ん? やっぱり?)

 些細な言葉に違和感を感じたオレンと、相変わらず何を思っているかよくわからないヒナとの間に少しの沈黙が訪れる。ピアの尻尾だけがゆらゆらと揺れている。その沈黙を破ってオレンが切り出す。

「えっと、何の話してましたっけ?ハハハ。」 オレンは、けなげに会話を盛り上げようと努力する。

「もう一つ、伝えることがあります。」 構うことなく、そっけなく切り返すヒナ。

「はい、なんでしょう。」 かしこまるオレン。

「私たちは、魔王討伐のため強力な武器を求めています。だから、これからも私たちに協力してください。」

(あーー……。昼間のアレはコレか……。)

「あのですね。」 焦燥気味にオレンは続ける。

「昼間も他の勇者たちが来て、説明したんだけど……。俺、ただのリンゴ農家ですから。杖の場所もね、あの時思いつきで言っただけで、俺、何にも知らないから。」

「みんな。」 オレンの言葉を受けて、ヒナは続ける。

「強くなるために凄く焦ってる。だから、皆のことは許してあげて。」

「だから、許すとか、許さないとかじゃなくて!」 かみ合わない会話に、流石に苛立ってくるオレン。

「「…………。」」(あ! やっちまった!)

 些細な言葉に不快感を感じたオレンと、相変わらず何を思っているかよくわからないヒナとの間に少しの沈黙が訪れる。ピアの尻尾だけがゆらゆらと揺れている。その沈黙を破ってヒナが切り出す。

「用事は済んだので、これで帰ります。」 ヒナは、そう言ってピアを降ろして、席を立つ。

「えっ……。あ、うん。」

 すごくバツの悪くなったオレンは、ヒナを呼び止める言葉を持たない。ヒナはオレンを気に掛けるでもなく、外に出ると移動魔法で空に飛んで行った。

「はぁ……。なにやってんだろ、俺。」 自己嫌悪がオレンを襲う。

「また、会えるかな。」 オレンはヒナの飛んで行った空をしばらく眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る