第10話 勇者様、謁見する


 次の日の朝、いつものごとく、オレンたちに小鳥のさえずりが日の出を教える。二人は目覚め、昨日の記憶が曖昧なまま食卓で朝食をとっている。

「おはよう。」 「おはよー。」

 昨日と変わらない光景、昨日と同じ食卓、しかし、昨日より虚ろなオレン。意外なことに、昨日の夜は不思議なくらいグッスリ眠れた。それは精神的な疲労からか、はたまた、悪いことは忘れたい防衛本能なのかは定かではないが、それと引き換えに、目覚めは最悪だった。そんな心の状態とは関係なく、日課をこなすように食事をとるオレン、すると、食卓の上にあるスピーカーから声が響く。

(***「速報! 『メティスの大盾』の勇者たちが昨夜、伝説の杖「アイリスケリュケイオン」を王城の地下にて発見しました! 王家はその功績を称え、その所有権を認めるとのこと。この功績によって、新たに加入した勇者ヒナは、名実ともにー」

 何の気なしに聞いていたオレンは、食事を止める。

「……ん? ……え? ……は?」 耳には入っていたが、その情報を処理できずにいた。

「ちょっとお兄ちゃん。さっさと食べて、仕事! 仕事!」 呆けているオレンを急かすミーヤ。

「あーー。はいはい。……んー、あのーミーヤさん。今、マジオで何て言ってた?」 さん付けで謙るオレン。

「え? 『メティスの大盾』が伝説の杖を見つけたってニュースだったわね。それが何?」

「どこで?」 「え? お城の地下って言ってなかった?」 少し鬱陶しさを感じるミーヤ。

「んー……。あれー?」 「もう! なによ! ほら、さっさと行くわよ!」

 モヤモヤが一層重く、濃くなるオレンと、その態度に苛立ってくるミーヤ。オレンは考えがまとまらない中で、そんなミーヤを前にして、慌てて仕事の準備を始める。考え事があっても、もう何年と続ける日課は体が覚えていて、いつもと変わらない仕事を始めるオレン。そして仕事をするうちに、次第にモヤモヤは離れていった。

 普段通りリンゴの収穫を終え、ミーヤを送り出し、村を回って、カカミへ向かう。そのルーティーンをこなし、カカミへ向かう途中で、オレンは思い出す。

「あーー……。結局手紙、渡してないな……。何やってんだ、昨日の俺……。」

 シュレの手紙を渡すために、行く必要のないユーザまで出向いたのに、結局何もせず帰ってきてしまった事に気づいて、激しい自己嫌悪に苛まれる。と、同時に、少し冷静に考える時間ができたことで、朝モヤモヤしていた昨日の記憶の中で、自分がとてつもなく恥ずかしいことをした記憶が蘇り、より深い自己嫌悪に襲われた。

「……。あーもー、しょうがない! シュレのとこ行って、謝ろう。」

 一通り落ち込んだ後、オレンは、昨日は避けて寄らなかった火竜亭に行く決心をした。そんな決心をしつつも、その脳裏には、魔人のごとく鉄球を振り回すシュレの姿が浮かぶ。オレンは一息、大きなため息をついて、それを振り払うように顔を上げ気分を切り替える。それからオレンは、配達の仕事をこなし、その足で火竜亭に向かった。


 「はーい。あら、オレン。こんにちは。」

 火竜亭はいつもと変わらない賑わいで、シュレは忙しそうに働いていた。オレンを見つけると、笑顔で挨拶をしてくれたが、今のオレンにはその笑顔が痛い。空いているカウンタ―に座ると、シュレが寄ってくる。

「オレンは、いつものでいいわよね?」 いつものように注文を確認する。

「え? ああ。……あのさ、シュレさん?」 決心が鈍らないうちに、オレンは話を切り出そうとする。

「あー、ちょっと待って、今、手が離せないから少し待って。」

 今日は特別人が多い、というわけではなかったが、丁度間が悪かったらしく、オレンは言われたまま待つことにした。一息ついて、少し生まれた時間で、何か上手い言い出し方がないか思案する。しかし、思ったよりその寿命は短く、考えが纏まらない内に、シュレカウンターを挟んで向かい側に立った。

「はーい。オレン、何か用?」 オレンは覚悟を決める。

「……あのさ、この前受け取ったてが……」 話を切り出した矢先ー

 突如発生した、大きな声の波がそれを遮った。それは、火竜亭のすぐ外から聞こえてくる、悲鳴とも歓声とも取れる大声だった。店内に雪崩れ込んできた声に驚き、客はみな火竜亭の外に目を向ける。外とは対照的に、騒がしかった店内が徐々に静まっていく。そして、今度は逆にその静寂を破るかのように、火竜亭の入り口がバンッ! と開いた。

「ねぇ~、ホントにこんな所にいるの~?」

 店内に張り詰める緊張をよそに、あっけらかんとした明るい声が飛んでくる。オレンはその聞き覚えのある声に、第六感的な嫌な予感を感じた。そして店内に入ってきた姿を見て、思考も身体も凍り付いた。

「ああ、彼と親しい人からの信頼できる情報だ。今の時間はここで食事をとるはずだ、と。」

 ルーナの質問に真面目に答えるブラッド、更にはその傍らで、人だかりに笑顔で手を振っている陸奥。その手を振るたび、その先にいる群衆から、主に女性の悲鳴が上がる。騒ぎの原因である三人は、周囲の視線を一切気にせず、店内を見渡す。

「あ、いたいた~。 おーい! 少年ー!」

 ルーナはオレンを見つけて、耳を揺らして近寄る。しかし、オレンは固まったままだった。そう、昨日この人に殺されかけた(被害妄想)ところまでの記憶は残っていた、だが、そういう次元の話ではもうなくなっていた。なんで俺の所にだとか、綺麗なお姉さんだなとか、端正なイケメンだなとか、幼いころの憧れだとか、津波の様に押し寄せる情報量にオレンは溺れ、そして考えるのを止めた。そんなオレンに、お構いなしにルーナは続ける。

「いや~、昨日はゴメンねー。なんか誤解してたみたいで。メンゴメンゴ。」

 ルーナ自身の性格も手伝って、フレンドリーに接してくるが、オレンは固まったままだ。そこに、

「ルーナさん、少年が困っていますよ。もう少し、大人らしく振舞った方がいいのでは?」

 丁度オレンを挟む形で陸奥が、ルーナに向けて意見する。そして、オレンの背中からは、

「……少年。今少し、いいかな?」 ブラッドが声を掛ける、その声はオレンを現実に引き戻す気付けになった。

「ハイッ! 僕に何の用ですか?」 体は硬いまま、背後のブラッドの方へ、クルッと向きを変えて応える。

「ああ、今日来たのは……、まずは、お礼を。君の情報のおかげで、我々は伝説の六色ワンドを手に入れることができた。ありがとう。」

 ブラッドは礼儀正しく、オレンに頭を下げる。しかし、オレンにとってそれはむしろ逆効果で、混乱に拍車をかける。ブラッドが見せた感謝と敬意は、オレンには重すぎた。

「そそそ、そういえば、きょきょ今日は、ヒナさんはいないんですね。」

 オレンは、頭を下げているブラッドを直視できず、どうにかしようと、つい思いついた事を口走ってしまう。

「あの子は、その件でちょっとね、今頃、王様に謁見してるところかしら。」

「王家としては、勇者の手綱は握っておきたいですからね。色々あるのですよ。」

 隣の二人が解説してくれたが、オレンには縁のない世界の話でよくわからなかった。そして、ブラッドは頭を上げ話を続ける。

「……。今日、我々が来たのは、六色ワンドの情報を持っていた君に、一つ依頼をするためだ。」

「…………。依頼、とは?」

 オレンはそのフレーズにとても不吉なものを感じたが、言いたいことを全部飲み込んで、できるだけ短い言葉で尋ねた。ブラッドは一息ついて、続ける。

「君のその情報力を見込んで、他に知っている情報があれば、最優先で我々に教えて欲しい。もちろん、相応の報酬は用意する。どうだ? 受けてくれるか?」


「は?」 しばしの間が、この言葉の前後に生まれる。


「あのー……。」 「なんだ?」 ブラッドからは、(まさか、NOとは言わないよな)という脅迫めいたものを感じる

 (何か勘違いしていませんか? 私は農家ですよ? 情報屋じゃありませんよ? 勇者、大丈夫か?)と言いたいのを心の中で押し殺し、

「……。すいませんが、僕はただのリンゴ農家です。ヒナさんから何をどう聞いたのか知らないですけれど、あれは会話の中で偶然口走ったことで、僕が情報を持っていて、教えたんじゃありません。」 と、丁寧に説明するオレン。

「ほう……。」 と応えたブラッドの裏で、ルーナの耳が細かく動き、陸奥の顔から笑顔が消える。

「……。なるほど、ということは、君はー。」 そう続けるブラッドの言葉を、横から耳障りな声が遮る。

「よ~。ね~ちゃん。いいじゃねーか~。こっちであそぼ~ぜ~。」

「ちょっと! やめてください!」 カウンターの向こうで、酔っぱらいがシュレに絡んでいた。

 この火竜亭では、たまによく見る光景。宿場町であるカカミは、様々な目的を持った多様な人種が混ざる。当然、その中には粗野な荒くれ者もいる。そして、こういうことが起こる時、

「いい加減にしろっ!」 と、店長が追っ払うまでがお約束なのだがー

店長が反応するより早く、カウンターをダンッ! と叩いて、そう怒鳴ったのはブラッドだった。酔っぱらいはそれを聞いて、命知らずにも勇者ブラッドに詰め寄った。

「あ~。なんだこら~。」 それは酒の力なのか、それともただのバカなのか。

「あ~、知ってるぜ~。お前、勇者ブラッドだろ~。勇者が、何でこんなとこにいるんだ~?」

 その体躯だけで十分相手を圧倒しているブラッドは一切動じず、ただ立っている。それだけのことが、酔っぱらいを威圧するには十分だったようで、

「お? なんだぁ~? そんな怖い顔したってよぉ、勇者は一般人に手ェ出せないんだよな〜。え~おいぃ、どうするつもりだ~?」

 粘着的ないやらしい言葉で、ブラッドを煽る。しかしブラッドは冷静に、

「……。ああ、知っているさ。それがなんだ?」 と聞き返す、そして立て続けに今度は大声を上げ、

「おい! 陸奥! 認定局に言っとけ! 俺はたった今勇者を辞めるっ!」

 その大声に、店内がざわめく。そんな緊張感とは対照的に陸奥は半笑いで、

「はいはい。わかりましたよ。ええっと、これで35回目でしたっけ?」 と返す。それを受けブラッドは、

「で、どうするつもり、だ?」

 と言うと同時に、バカな酔っぱらいが持っていた酒の入った樽ジョッキの反対側に手を添え、そのまま膂力をもって酔っぱらいの頭の上まで誘導する。そして一瞬笑みをみせたその刹那、グガキッ! とジョッキを破砕した。その結果ー

「だあああ! くっそ! 覚えてやがれ!」

 しこたま酒を浴びた酔っぱらいは、絵に描いたような捨て台詞を吐いて退散していった。その様子を見送る勇者三人とオレン。二人のやり取りに注目していた酒場連中は、次第に元の落ち着きを取り戻していった。そして場が落ち着いたところでオレンから、

「ありがとうございます、シュレを助けてもらって。」 と、ブラッドに頭を下げる。

「ん? ああ。いや、君が気にすることじゃない。好きでやった事だ。」

 そう言うブラッドに対して、オレンはすぐに、

「でも、その為に勇者でなくなってしまったんですよね?」

 と迷惑をかけた事を気にかける。しかし、ブラッドはバツが悪そうに眉を寄せ、こう言った。

「ああ……。あれは、ああいった連中が来る度にやってる、方便だ。」 その横で、陸奥が微笑みながら、

「フフフ、認定局ってどこにあるんですかね? ルーナさん知ってます?」 と、ルーナに振るが、

「しぃるかー! てやんでぇー!」 ルーナは、いつの間にかお酒が入って、いい気分になっていた。

「ああいう連中には、何を言ったところで無駄だからな、あの手の脅しが一番効くんだ。まあ、そう言っても大抵は、本気でやり合う前に、ああやって逃げて行くが……。」

 勇者であっても、いやだからこそなのか、向けられる視線や言葉は善意だけではない。その言葉には勇者の力を与えられた者の苦悩が見える。しかし、

「あーんなやつぅ、なぐりとばしてぇ、やればよかったのよぅー。」

 酔っ払ったルーナからは本音が漏れる、それは酒の力なのか、それともー

「……そうだったんですね。」

 しかし、オレンには真意がどこにあるかまでは、理解することはできず、言葉通りに理解した。

「さて、それで、どこまで話したか……。」 少し考えたブラッドは何か思い出したように、

「あー……、まあいい。今のところは、これで失礼しよう。」 他の二人に合図を送る。

「そうですね、無駄な時間を取られましたし。」

「ぇ~。もう帰るの~。しょうがないな~。じゃね~しょうね~ん。」

 陸奥とルーナも同調して席を立つ。去り際にブラッドは、

「では、これで。そして、今後ともよろしく。」

 と言い残し去っていった。残されたオレンはしばらく呆けていたが、店内の雰囲気がまたいつもの様子に戻ってくるにつれ、日常を取り戻す。そして落ち着いたところで、ふと、聞き流した言葉が気にかかる。

「ん? 今後とも?」 この時はまだ、オレンはその意味を知らなかった。

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