第9話 勇者様、念願を手に入れる
ーその夜 王都、アプルス城地下ー
日が落ち、暗がりと静寂が支配する王城の地下通路を、奥へ奥へと進む影がある。微かな光がぼんやりと照らす地下道を、フル装備の武器防具に身を包んだ四人組が、こそこそ隠れるわけでもなく、堂々と通路を進んでいる。地下通路には侵入者を拒む障害もなく、四人はどんどん奥へと進んでいた。そして、今通っている細い通路を抜けると、同じような通路がいくつも交差する広間に出た。その広間の中央には、王家を守護するドラゴンを模した大きな石像が三体鎮座していた。四人はこの先を進む当てを見失ったところで、そのうちの一人が口を開く。
「さてと…。ここまで来て何ですが、そもそも、勇者特権でどこでも自由に進入できるのですから、このような地下道に態々夜中に来なくてもよかったのではありませんか?」
「陸~奥~。それ言っちゃう? せっかくヒナが珍しく、自分からここに来たいって言ったんだから、即、叶えてやるのが男の甲斐性ってもんでしょーよ。」
「ははは…。そうですねえ。お付き合いはしますが、この様な散々人の手が入った場所に、本当にあるのですかね?」
「ここにあるはず。」
「……。あるとしたら、どこかに隠し部屋があるのだろう。何か手掛かりはないのか?」
「ない。」 「タハッ! ないのかいっ!」
「ん~も~。しょうがないなあ。ここはおねーさんに任せなさい。」
ルーナはそう言うと、右手を広げ呪文を唱える。
「風の精霊よ。氷を運べ。」
ルーナの右手にキラキラと光る氷の結晶が現れる。それが風に乗って周囲に拡散される。散らばった結晶は徐々に下降し、キラキラと光る空気が、床一面に広がる。それによって可視化された空気の流れが、ある一か所で、不自然に吸い込まれているのがわかった。
「あそこが怪しいわね。」 ルーナが指をさす。
そこは、中央のドラゴン像の内の一体の足元だった。その像は床の上に置かれているはずなのだが、光る空気がその下に吸い込まれている。それは、像と床の間に空間があることを意味していた。
「……。ここか。」 そう言うとブラッドは、石像を台座ごと力を込めて押し始めた。
それは、常人では到底動かすことなどできない大きさの石像だが、強い魔子を宿す勇者の力は圧巻で、ブラッド一人の力で石像はズズズ……と動き出す。そして像の下からは、さらに地下へと続く階段が姿を現した。
「どうやら当たりのようだな。」 ブラッドは珍しく笑みをみせた。
その地下階段は螺旋状になっており、奥は暗闇で先が見えない。四人は魔法で足元を照らしながら、一列になって降りていく。そして、螺旋階段をしばらく降りていくと、その終点には、大きな扉があった。しかし、その扉は錠があるわけでもなく、再びブラッドが力を込めて押すと、簡単に内側に開いた。扉の内側は上にあった広間よりも数倍広い大広間になっており、魔法によって部屋全体が、明るく照らされている。その魔法は、その部屋に充満する魔素によるものだと、直観的にわかるほどの濃い空気が、広間を覆っていた。
四人はその部屋の異質さにすぐ気づいた。しかし、それを行動に移すより早く、この部屋の中央に鎮座する二つの大きな金属片が信号音を響かせながら、怪しく光りを放ちだした。金属片は球と円環が繋がった形状をしており、円環の部分で二つが鎖のように繋がっている。その音と光に呼応するように、部屋全体が振動を始め、充満していた魔素が二つの金属片に収束していく。それによって生じた旋風が、部屋の砂塵を巻き上げ、魔素の流れに乗って金属片に吸い寄せられる。金属片に吸い寄せられる砂塵がみるみる金属片を飲み込んで、大きな岩石の塊となった。しかしなおも、それだけでは留まらず、その大きな岩石からいくつか突起が形成され、さらにそれが成長し、積み重なり、最終的に巨大な城門ほどの頭部のない人型を形成した。
姿を表した巨大魔製人形(ゴーレム)の金属コアから、なおも続く信号音が、徐々に聞き取れる音声へと変化していく。
「#、$、サ、%……。タ、$、サ、%……。タ、チ、サ、%……。タ、チ、サ、レ……。」
しかし、その声を聴いても四人は動じない。
「そー言われてもさぁ~。せっかく引いた当たり棒、置いて帰るわけないでしょ!」
「そうですねぇ。お付き合いしますよ。」
四人は、戦闘態勢をとり身構える。ゴーレムは、その四人の意思を確認したかのように、大広間が崩れんばかりの大きな雄叫びを上げる。その”儀式”によって、ゴーレムの体はさらに変化する。中央部分から、丁度右半分は炎熱を放出し赤く染まり、対照的に左半分は凍てつく冷気を帯びて青く染まっていく。ゴーレムは、ダガン! ダガン! と力強く、一歩一歩前進を始めた。そのゴーレムの動きを見て、ルーナが叫ぶ。
「ヒナァ! 合わせなさいよ!」
ルーナはそう言って、ゴーレムの進行方向に対して、左側に直角に走った。そしてヒナも、ルーナの跡を追って動く。一方、陸奥とブラッドは、ゴーレムに向かって前進していった。ルーナは走りながら、ゴーレムの足元に向かって矢を放つ。それは脛の部分に突き刺さるが、痛みや恐怖を持たないゴーレムには牽制の意味は薄い。ゴーレムは、細い矢が刺さったまま、構わずに前進を続けた。
その間に、陸奥達はゴーレムとの間合いを詰める。攻撃射程内に入ってきた敵を排除するため、ゴーレムは灼熱の一撃を大きく振り上げる。強力だがその反面分かりやすい単純な攻撃を、陸奥達は完全に見切り寸前のところで左右にかわす。そして二人は身をひるがえし、伸びきったゴーレムの右腕に対して、両側から挟みこんでの一撃を互いに与えた。
その攻撃の威力は凄まじく、ゴーレムの腕は呆気なく切り落とされた。それでもゴーレムは、構わず残った腕を振り上げる。しかし、この攻防の間に十分に引き絞られ、さらにルーナとヒナの魔法が込められた矢が、振り上げた腕を狙いすまして放たれる。その威力は絶大で、ゴーレムの振り上げた太い腕の肘から先を弾き飛ばした。両腕をなくし、攻撃手段を失ったゴーレムは、行動を停止する。その傍らで、切り落とされ床に転がっている腕は、次第に元の砂塵へと還っていった。
「あれ? これで終わり?」 「……。みたいですね。」
あまりにあっさりと倒したことで、拍子抜けの二人。しかし、そこにー
「まって。まだ終わりじゃない。」
と、ヒナが呼びかける。そして、ブラッドが異変に気付く。
「……。おい。あれは……。」
それは、砂の山となったゴーレムの腕が、魔素の風に乗って舞い上がり、ゴーレムの体に再度吸収されたのである。そして吸収された砂塵は、ゴーレムの体を巡り、あっという間に腕が再生された。すると、停止していたゴーレムは目覚め、二度目の雄叫びを上げる。この”儀式”によって、炎と氷のゴーレムは元通りに復活を遂げた。
「……。これは、厄介ですね。再生型ゴーレムですか。」 一部始終を見て、陸奥が呟く。
「まさか、完全に元通りとは…。何か打つ手はあるのか?」
「ゴーレムはコアで動いていますので、そこさえ潰せば、ただ……。」 途中で淀む言葉に、ルーナは反応する。
「ただ、なによ? 勿体ぶらずに教えなさいよ。」
「ですので本来は、コアの場所がわからないよう細工するはずなのですが…。あのゴーレム、形成工程を私達に見せつけて、まったくコアを隠す気がないでしょう? 逆に何かのトラップかもしれませんよ?」
ゴーレムが再び前進を始めた中で、一行はその様なやり取りをするが、答えは出ず、決断の限界が近づく。
「……。ええい! ここで考えてもしかたない。やるぞ!」
ゴーレムが迫る中、ブラッドは合図を送る。それに呼応し、陸奥とルーナは戦闘態勢に入る。しかし、それらの傍らでヒナはひとり、すでに魔法の詠唱を始めていた。
「土の精霊よ。風を鎮め給え。光の精霊よ。砂を弾き飛ばすほどの閃光を与えよ。火の精霊よー。」
ゴーレムが迫る中、ヒナは多くの精霊に呼びかけ、長い詠唱に時間をかける。その悠長な振る舞いに、ルーナが慌ててヒナに近寄った瞬間。
「水の精霊よ。放て。」
詠唱が終わったヒナの魔法が放たれる。その魔法は水が竜巻の様な渦を巻き、再び振り上げようとした、ゴーレムの灼熱の腕にぶつかった。ぶつかった竜巻は腕を飲み込みながらゴーレムの中心部に進む。その渦の中でゴーレムの腕は徐々に、元の砂塵に還元されていった。同じ魔法が、今度は足元を狙って放たれる。ゴーレムの足は同じように渦に飲み込まれる。そしてー
「火の精霊よ。放て。」
ヒナは、魔法を放った側とは逆の半身に対して、今度は炎の渦を二つ同時に放つ。四つの魔法は四方向から容赦なくゴーレムを襲う。ぶつかった先から還元され、自力で立っていることすらままならなくなりゴーレムは成す術がなくなった。四つの魔法は、ゴーレムの中心部まで到達すると、最後には魔法同士でぶつかり合い、何事もなかったかのように綺麗に霧散した。後にはゴーレムの二つのコアだけが、元々身体があった場所の空中に取り残され、魔法の消滅と共に自由落下し、ガラン、ガランと転がった。
「「「…、は?」」」 その魔法を見ていた三人は、一様に同じ反応を示す。
「ヒナあんた……、なにやったの?」 ルーナはとても驚いた表情で、ヒナに聞く。
「さっき、手が再生した術式を見て、その逆を構成した魔法をぶつけたら反対に還元されるかな、と思ってやってみた。」
三人の動揺とは裏腹に、ヒナはとても落ち着いて話す。あれだけの大魔法であったにもかかわらず、疲労の影もない。
「すごいじゃない、あんた。そんな器用なことできたんだ。」
「器用、と言っていいんでしょうか? そういうレベルではない気がしますが……。」
二人は目の前で起きたことに、半ば呆れ気味の反応をする。それに対して、
「……。」 目の前で起きたことに、ブラッドは押し黙る。
(あのゴーレム。あのまま戦っても、我々ならば破壊できただろうが、あの魔法……。威力もそうだが、何よりも、一度見た現象を、即座に魔法で構築しなおすなんて、しかも逆に…。できるものなのか? いや、実際こうやって、やってのけたわけだが…。)
考え込むブラッドをよそに、ルーナと陸奥は大広間を探索する。すると広間の奥には、一カ所だけ壁が金属で覆われている場所があった。その壁には特徴的な凹みがあり、その形を見てルーナはすぐに気が付いた。
「ちょっと、これ…。ブラッド! そこに転がってるゴーレムコア持ってきて!」
「ん? ああ…。」
ルーナの大声に我に返るブラッドは、言われるままコアを持ち上げ持っていく。
「ほらね。ぴったりじゃない?」
壁の凹みとゴーレムコアがピタリとはまる。それだけでルーナは機嫌良く長耳を揺らす。
「さて、何が起こりますかね……。」
陸奥は期待の中にも警戒を怠らず、様子をうかがう。
一行が見守る中、壁にはまったゴーレムコアはからくり時計の様に、カタカタと自動で形を変え始める。繋がっていた二つのコアは、円環の部分が開き分離した。分離したコアを起点に、金属の壁自体に縦に亀裂が入る。そしてその亀裂からは、眩い光が漏れ出す。壁は徐々に横に開き、辺りは光に包まれた。そして、その光の先にはー
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