第7話 勇者様、告白する

 オレンは何度となく行き来してきた道を通り、カカミに到着した。宿場として発展したカカミには、人流の多さを生かした大市場がある。市場には、親の代から顔見知りの商人がおり、そこに荷物を届ける。その商人と、自分のリンゴと村の野菜の評判や売れ行き、次の予定、価格交渉などなど大人と変わらないやりとりをオレンはみせる。そして、得た報酬の一部で、村のみんなから頼まれたものを市場内で買い揃える。この仕事が終わる頃には昼過ぎになるので、火竜亭に寄って帰る。これがオレンのルーティーンであるが、今日は火竜亭に行きづらい、というより、シュレに会いづらい。そういう事情もあって、オレンは火竜亭には寄らずにユーザへ向かった。

 普段ユーザに行くのはリンゴの収穫期で週に一度、ルガーツホテルに、収穫するリンゴの中で特に出来が良いものを選別して持っていく。元々、オレンのリンゴを知っているショーゴの口利きで紹介されて、その時の評判がとても良く、以来、流石は高級ホテルという、とても良い値段で買い取ってもらっている。だが、今日はリンゴをもたず、手紙の為だけにユーザへ向かった。

 ユーザへ着くと、いつものように裏道を通ってホテルへ向かった。ふと、昨日の子猫とヒナのことを思い出し、オレンにはいつもの道が少し違って見えた。しかし、猫がいたところは、いつもと同じでとくに何の変りもなかった。いつもは配達日時が決まっているので、入口でショーゴが待ち受けているが、当然のように今日は誰もいなかった。オレンは裏口からホテルに入り、とりあえずショーゴの仕事場であるバーに向かう。しかし、運良く、通路を通るその途中で、偶然ショーゴと鉢合わせした。

「あ! オレン! 何でお前ここに?! いや、そんなことはどうでもいいんだ……」

 オレンに驚くショーゴだが、それ以上に何か慌てている。

「あのなあ、お前を探して、昨日の勇者が来てるんだよ! 今日は来ませんって伝えても、どうしてもって言うからさ、俺がお前のとこに行こうとしてたんだよ!」

 その言葉に、オレンも驚く。「え! 昨日の勇者って? なんで?!」

 オレンの脳裏に、昨日のブラッドとのやり取りがフラッシュバックする。眠っていた熱が、再び燃え上がるような鼓動の高鳴りを感じる。(ひょっとして、あの場では言えないようなことがあって、探しに来てくれたのか?)という考えを抱きながら、ショーゴに連れられて、勇者が待っているバーまで、走って向かった。しかし、そこにはあの印象的な大柄の男性は何処にもおらず、代わりにそこにいたのは、薄いピンクのワンピースを着た少女だった。昨日とは受ける印象の違いが、一目では誰だか全く分からなかった。だが、その印象的なワンピースと同じ色のふわふわの髪を、オレンはよく覚えていた。少女は、もう一人の勇者ヒナだった。

 (なんで?) オレンは戸惑う。確かに昨日、色々あったことはあったが、呼び出されるような心当たりはない。一方ヒナはヒナで、バーカウンターに座り、そのまま正面の虚空をポェ~と眺めている。ヒナはオレン達が来た事に気づいていないようで、少し気まずい空気が流れる。その空気をかき消すように、ショーゴがオレンの肩を叩き、(お前から行け!) とサインを送り、自身はカウンターの内側に回った。オレンは一呼吸し、覚悟を決める。

「あのー、すいません。俺を探してたみたいですけど、なにか用ですか?」

 オレンは、初めましてではない、よくわからない相手に、少し距離感が掴めない。

「…………。」 ヒナは聞こえているのか、いないのかよくわからない無反応で応える。そこにー

「どうぞ。」 と、ショーゴが気を回して、ヒナに飲み物を差し出した。

 それに対し、ショーゴはヒナ越しにオレンに、再び(お前から行け!)のサインを送る。しかし今回は、その後に(コ ロ ス ゾ ☆) と、付け足されている。それを受け、(ハァァァーーーー…) と、オレンは心の中で大きなため息をした。オレンは再び深呼吸をして、もう一度チャレンジする。

「そうだ。あのー…、ヒナさん。昨日の猫はどうなりました?」

 オレンは機転を利かせて、別の話題に変えて糸口を探ってみる。

「ピア。」 ヒナは、間を置かず呟く。

「は?」 意外な即答に、逆に戸惑うオレン。

「猫じゃなくてピア。」

「あー…。猫にもう、名前つけたんですね。ピアかー。いい名前ですね。」

 会話の内容より、会話が通じたことに安堵するオレンは続けて、

「それで…、私にどんな御用でしょうか?」 機嫌を損ねないように、丁寧に聞いてみる。

「……。これ、知ってる?」

 ヒナはスッと古びた一枚の写し絵を取り出し、オレンに見せる。それは、一本の杖の絵。巻きついた蛇と広げた翼が特徴的なデザインで、先端の球には六つの宝玉がはめ込まれており、美術品としての価値の高さも窺える煌びやかなものだった。

「えーと、なんですか? これ?」 それは、オレンの嘘のない素朴な疑問だった。

「アイリス・ケリュケイオン。通称、”六色ワンド”。魔王を倒す為に必要な武器。」

 淡々と最小限の回答をするヒナは、続けて尋ねる。

「何処にあるか知らない?」

「はぁ……。えーと……。」

 オレンはもちろん知らないが、その答えよりも聞かれている状況に戸惑う。(どうして俺に聞くんだろう? 俺が知ってるように思われるようなことしたっけ? 全く身に覚えがないんだけど……。) ゴチャゴチャ考えを巡らすが、答えは出ない。なので、素直に答えることにした。

「知りません、ね。」

「……。そう……。貴方なら知っていると思ったんだけど……。」

 ヒナの言葉に、オレンの抑えていた疑問が決壊する。

「どうして、俺なら知ってると思うんですか?」

「あなたは、特別な人だから。」 ヒナは、間を置かず呟く。


「…………。」 オレンの時が止まる。


「!!!!!!」そして、動き出す。

(はああああああああああ!!!! ちょっと待って、ちょっと待って、それってどういう意味ですか!! 特別って何? どういう意味?! どういう意味!! ええええええ!! 特別? 俺が!! なんで?! なんで!! 夢か? 夢なのか?? そういや今朝の魔法のあたりから、怪しかった!)

 ヒナのたった一言で、オレンは魔法のように混乱した。思考は空転し、顔は紅潮し、身体はプルプル震えている。その一部始終を見ていたショーゴが見かねて、オレンに水を一杯差し出す。すかさず、オレンはその水を一気飲みする。そしてー

「ぶはっ! はぁ、はぁ……。」 忘れていた呼吸の仕方を、思い出すようにオレンは繰り返す。

「思った事口に出さなかっただけ、えれーよ、お前。」 それは、全てを見透かしたショーゴの一言だった。

「はぁ、はぁ、そそそ、それって、どどど、どういう、いいい、意味ですか?」

 半泣きで質問するオレンと、その向かいでショーゴは二杯目を用意する。

「あなたは、他にいない特別な人。だから、聞いてみた。知らない?」

「……ふー……。」

 二回目の言葉を、今度は少し落ち着いて受け止める。何が特別なのか、どうして特別だと思われているのか、それを知りたいオレンが欲しい答えではないが、特別だと言われて悪い気はしない。しかもそれを、本来手の届かない存在の勇者から言われている事実。この今の状況を整理するために、今度はゆっくり水を飲む。そしてその短い時間で、思考を巡らし、思いついたことを取り合えず口にしてみることにした。

「えーと…。何処にあるかは知らないですけど、そんな高価そうなものなら、案外、王様が隠し持ってるかもしれませんね。はははは……。」

 最後の笑いは誤魔化しだった。だってしょうがない、知らないんだから。笑うフリをしてヒナの様子をオレンはうかがう。その一方で、ヒナは表情を変えずに、ただ話を聞いている。そして、

「そう……。わかった。」

 と言って、立ち上がり、プイっとその場から立ち去った。それをただ見送るだけの、その場に残された男二人は、しばし呆然とし、何とも言えない静寂がその場を支配する。

「……。」

「えーと……。なんだったんだ? 俺、なんか悪いことしたのかな?」 オレンはショーゴに聞く。

「なんだったんだろうな。こっちが聞きたいぐらいだよ。ホントに知らねーの?」 ショーゴはオレンに聞き返す。

「知るわけないだろ! 俺を何だと思ってんだよ。ただの普通のリンゴ農家だぞ。ただの…… 普通の……。」


「「…………。」」 しばしの沈黙。


「なぁ、特別ってどういう意味だったんだろ?」

 そのオレンの質問は、それまでとは明らかに違う真剣さがあった。

「気になるのか? 教えてやろうか? その意味を確かめる簡単な方法があるぜ?」

 ショーゴは真剣なオレンを、半笑いで受け流す。

「え?! なにそれ? どんな方法?」 即、食いつくオレン。

「追いかけて聞きゃいいのさ! 今、す ぐ に!」

 テーブルに両手を付けて、身を乗り出して、オレンに答えるショーゴ。

「……。え? は? …、なんで? ちょっと、わっけわかんないんだけど?」

 唐突に、全く考えていなかったことを言われたオレンは激しく動揺した。

「その、わっけわかんない女の言ったことが、気になるんだろ?」

「お前は、いいのか? このままで? 本当に?」

 そのショーゴの質問は、それまでとは明らかに違う真剣さがあった。


「…………。」 しばしの沈黙。そしてー


「ほんっとっに! わっけわかんねーな!」

 テーブルをバンッ! と叩いて、その勢いでオレンは走り出していった。

「後で結果だけ教えてくれよー。」 ショーゴは走り去るオレンを、手を振って見送っていた。

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