第6話 勇者様、人を探す

 朝日が東から登り始め、小鳥のさえずりが夜明けを教える。オレンとミーヤはその歌声で目を覚ました。二人は、食卓で軽い朝食をとる。

「おはよー。」「おはよう。」

 二人は手際よく食事を済ませ、準備して家の隣の果樹園に出た。それは、まだ両親が健在だった頃から繰り返している日課だ。ただ、両親がいた頃はまだ二人とも幼く、親の手伝いをしていただけだが、今は二人で全ての事をしなければならない。そしてもう一つ、当時と異なる点がある。それは、ミーヤの魔法である。

 圃場には低木の細いリンゴの木が、等間隔に立ち並ぶ。よく管理されている果樹園は丁度収穫期を迎えている。ミーヤはたわわに実るリンゴの木の前に立つと、呪文を唱え始めた。

「風の精霊よ。その実と綿毛のごとく舞い遊べ!」

 ミーヤの周囲から風が起こる、その風はふんわりと柔らかく、実るリンゴのお尻を持ち上げる。上下逆さまになった実は、ツルの支点となった所でポキリと折れ、ふわふわ舞いながらゆっくりと下降する。ミーヤの魔法は一度の詠唱で、リンゴの木一本についた実を全て取りきってしまう。それを見て、オレンは台車を引きながら、下降する実を選別しながら回収する。それが終わるとすぐ次の木へ、二人の手際は見事なもので、今日の出荷分の収穫をするのに一時間とかからない。

 ミーヤはこれほどの魔法を、最初から使えていたわけではない。ミーヤがまだ幼い頃、父、オーシュの前で初めて魔法を使った。そのときは、まったく魔法の制御ができずに、威力が強すぎて実がボロボロに、枝を何本も切ってしまい怒られた。結局、父親がいた頃は収穫に魔法を使うことはなかったが、六年前に両親が亡くなってからは練習を重ねて、少しずつ上達していった。

「どーーよ。去年と詠唱文をちょっと変えてみたのよね。気づいた?」 ミーヤは自慢げだ。

「え? ホント? どこだろ?」

「去年は『舞い踊れ』だったのよね。でも遊んだ方が楽しいじゃない? やっぱり、イメージよ。イメージ。」

 自分のイメージと重なった魔法の出来にご満悦のミーヤ。

「なるほどねぇ。」

 といっても、魔法が使えないオレンには、実はその差がよくわからない。しかし、実の妹という依怙贔屓を抜きにしても、ミーヤには優れた魔法の才能があるんじゃないかと思っている。それは勇者のような超絶威力の魔法が使えるようになる、ということではなく、繊細な制御能力もまた魔法の重要な要素だからだ。確かに、ミーヤの魔法を使えば農作業は遥かに楽だが、ミーヤの可能性をそこで終わらせてはいけない、と考えている。そして外の世界で、ミーヤ自身でその可能性を見つけてもらうために学校に行かせている。ただ、その学校でカカマジという斜め上の可能性を出してくるとは思っていなかったが……。

「お兄ーちゃん! みかんはどうするー?」

 隣の圃場に植えられているみかんの木を指さすミーヤ。

「あー……。みかんは、今年もいいよ。うちで食べる分は、まだ樽に残ってるから。」

 オレンの返事には元気が無い。その元気の無さが、ミーヤに意味を理解させた。

「えー。全くもう! なんでよ、こんなに美味しいのに!」

 ミーヤは怒りながらブツブツ言っている。しかしそれはもう何年も、繰り返された光景である。そしてオレンはその光景を見る度に、病弱だった母、マリアと一緒に、ベッドの上でみかんを食べていたミーヤの姿を思い出す。(あいつはお母さん子だったからな。)と、感慨に浸っているとー

「それじゃ、私このまま学校いってくるから! いってきまーす。」

 さっきまで怒っていたミーヤの足取りは既に軽く、学校に向かって行った。

「はい、いってらっしゃーい。」 その姿を、オレンは手を振って見送る。


 あとは片付けをして果樹園での仕事は終わる。だがむしろ、オレンの仕事はここからが本番となる。収穫したリンゴの内、カカミへの出荷分を馬車に乗せると、オレンは馬車で周辺の知り合い農家を回る。まず最初に、一番近所のシュレの実家へ。火竜亭で給仕をしているシュレや、ルガーツのバーテン見習いショーゴは元々この村の出身で、オレンの幼馴染である。

「おはようございます。」 挨拶の相手は、畑で仕事をしているシュレの父親。

「やあ、オレン君。おはよう。はい、今日の分はこれね。」

 出荷分の野菜は既に箱詰めされている。それを二人で馬車に乗せる。

「オレン君、うちの娘は元気にやってたかい?」

「ええ。とても元気でした。火竜亭の店長さんが、悪い虫も退治してくれてるみたいです。」

 オレンは昨日の火竜亭でのやり取りを、少し誇張して話す。

「そうか、そうか。いやいや、すまんね。いつもこんな事をお願いして。」

 すまんと言いつつ、娘の事が知れてうれしい父親の顔は緩む。

「いいですよ。気にしてもらわなくて。あそこにはウチもお世話になっているので」

 オレンの言葉に偽りはない。事実、火竜亭は父親の代から懇意にしている。元々どういった縁だったのかは、オレンは知らないが、父親が亡くなった後もその付き合いは変わらない。

「それでは、また。」「ああ、また頼むね。」 オレンは次の農家へ向かう。


 魔族の襲撃で破壊されたこの村の他の農家は、今はもうほぼ再建されている。さらに何軒か農家を回り、オレンは同じようなやり取りを繰り返す。。今のようなリンゴの出荷時期は、他の農家の最盛期と重なり、馬車には乗り切れないほどの荷物が集まった。そして、オレンは最後に一軒の家を訪れる。その家の前には、椅子に座って、ただ外を眺めている老人がいた。

「おー。オーシュ君。よー来た、よー来た。リシャは家におるよ。」

 と、家の前で出迎えた老人は、とても自然にオレンを父親のオーシュと間違えている。

「はい。ありがとうございます。お邪魔しまーす。」

 オレンは否定するわけでもなく、断りを入れて家の扉を開ける。その奥に食事の準備をする女性の後ろ姿が見える。

「リシャおばさん。おはよう!」 今日一番の元気な声であいさつするオレン。

「おや? オレン、おはよう。もうオレンが来る時間だったのか。どうする? 食べてく?」

 リシャは作っている料理を見せてほほ笑む。

「いやいや。仕事中だから、また今度。」

 オレンは美味しそうな料理に釣られそうになるが、我慢する。

「そうかい。でも、今日は家からの用事はなにもない、かな。」

「そっか。今日はカカミに行ってからユーザにも行くんだけど、そっちもない?」

「ん? ユーザには昨日行ったはずじゃないのかい?」

「そうなんだけど、実はー。」 オレンは、素直に昨日忘れたシュレの手紙の件を話す。

「ハッハッハッ! そうかい、そうかい。そりゃ大変だ。まあ、シュレに殺されたくなかったら、行くしかないね。」

 破顔して冗談交じりに話すリシャ。

「ですよねー。ハハハ……。」

 乾いた笑いで返すオレン。脳裏には地獄の門番と化し、鎌を振り回すシュレの姿が浮かぶ。オレンが他の大人と違って、気安く話しかけているこのリシャという女性は、オレンにとって特別な人である。オレンの父親オーシュと幼馴染であるリシャは、二人が生まれてからも家族と親しかった。六年前の魔族侵攻で両親を亡くし、身寄りがなくなった兄妹を、リシャは暫くの間、面倒を見てくれた。二人が、自分のことは自分で出来るようになる頃まで、家族同然の生活をし、その関係は自立した今でも続いている。

「じゃ、行ってきます。」「ほい、元気にいってらっしゃい。」

 本当の家から出かけるかのようなやり取りをし、オレンはカカミへと向かう。

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