第4話 勇者様、また出会う

 ーパーティー終了後ー

「すいませんでした!」 ショーゴに深々と頭を下げているオレンの姿があった。

「……。まーな。ま、いいよ、いいよ。やっちまったことは仕方ないし、結果的に盛り上がったみたいだし…」

 ショーゴの言葉には、”態々言わないが、お前分かってるよな” という真意の棘がある。

「本当に、約束破ってゴメン。」 言葉の中にうっすらと感じる怒気から、その真意を解すオレン。

「…、さて、と。もう大分遅くなっちまったし、片付けまで手伝わなくていいから、もう帰りな。ミーヤちゃんだって待ってるだろ。」

 棘が抜かれ、ショーゴは少し機嫌が良くなった。

「え……。ああ、もうこんな時間なのか……。ごめんショーゴ、来週、この埋め合わせは必ずするから。」

「ああ、期待しないで待ってるよ。ホレ、急げ急げ。」 ショーゴは、追い出すようにオレンを追い立てた。


 ーーーー

「待たせてごめんよ。ロシナンテ。さ、帰るよ。」

 オレンは馬にそう声をかけて、馬車に乗り込みルガーツホテルを後にする。普段なら陽が落ちる前に帰る裏道も、もうすっかり暗くなっていた。オレンは帰り道の馬車の上で、まるで夢のようだった今日の出来事を、夢でないと否定するように何度も廻らせる。そんな普段とは違ういくつもの要素が重なった不運と注意散漫さが、オレンに暗い道の真ん中で蹲っている小動物の発見を遅らせた。

「あっ!」 と気づいた時にはもう遅く、馬があと一歩で踏んでしまうというその時ー

 ふわり、と。馬が、いや馬車全体が宙に浮く。それは激しい嵐でも起こりえないような超常現象、むしろ不自然なほどゆったりとした風の流れに包まれていた。馬は混乱して両足を何度も蹴り上げるが、その全てが宙を掻き、じきに暴れるのを止めた。オレンも最初は混乱したが、空を飛んでいるという現実と、目に飛び込んでくる夜景の美しさが混ざりあい、夢幻の世界にいるような錯覚を覚える。馬車はゆっくりと空中を大きく旋回し、巻き戻すように元の位置にふわりと着地する。道の真ん中で蹲っていた小動物は、いつの間にかその場で顔を上げ、その光る眼は魔法のような光景の一部始終を映していた。


 “魔法ー この世界には火、水、風、土、光、闇の六属性精霊(エレメント)が存在する。魔法とは、『魔子』が生み出す『魔素』を対価としてエレメントと契約し、その力を借りる術法。魔法によって人は人を超える力を持つ。しかし、多くの魔素を生み出せる、強い魔子を宿す者はほんの一握り。そしてその力は、『勇者』として認められるための絶対条件でもある。”


 オレンは地上に着いて少し呆けていたが、すぐに気が付き辺りを見回す。この魔法のような出来事は、紛れもなく魔法そのものだからだ。近くにいるはずの術者を探すが、誰もいない。不思議に思っていると、しばらくして上空から箒に乗った人が降りてきた。

「あっ!」 と、思わず声を上げるオレン。

 その人は、あのパーティー会場で見た勇者ヒナだった。パーティーでのあの姿のまま、箒からフワッと降りてオレンのところに歩み寄る。

「見てた。」 開口一番、ヒナから言われた言葉は、想像以上に短い。

「え?」 何を言ったかは聞こえたが、漠然とし過ぎていてオレンは意味が呑み込めない。

「そこから。」 と、ホテルのバルコニーを指さす。

 (確かに、あそこからなら庭園から繋がる裏道もよく見えそうだ。でも、当事者の俺さえ気づくのに遅れたのに、夜道に蹲る小動物まで見つけられるもんなのか? いやそれも魔法の力で見つけたのか? まてよ、それだとそもそも……。)と意味を呑み込むため、オレンはグルグルと思案する。 

「大丈夫?」 挙動不審になっているオレンを見て、ヒナは心配する。

「え? あ……。だい、丈夫、です。ハイ。馬も特に……。あ! あそこにいたアイツは?」

 正面を見ると子猫は蹲ったままでこちらを見ていた。

「アイツも無事みたいですね。」 と、オレンはヒナに笑いかける。

 だが、その笑顔にヒナは特に反応を示さない。笑顔が引きつった笑いに変わってくと同時に視線を外すオレン。と、意識せず外した視線の先に、荷台に散乱したみかんを見つける。それは恐らく、さっきの浮遊魔法で樽が倒れ蓋が開いたのであろう。オレンは、それを見て慌てて荷台に移り、みかんを回収した。

「では、さようなら。」 と、再び箒に跨り去ろうとするヒナを見て、オレンはとっさに

「あ、待って。何かお礼を……」 と言い出だした矢先ー

 何を思ったのか、今まで傍観を決め込んでいた子猫がすごい勢いで、オレンの馬車まで駆け上がる。そしてその勢いのまま軽やかに飛び乗ると、荷台のみかんに目をつけて、ひとつをパッと咥えた。だが、それだけでは飽き足らず、なんとそこからさらに勢いをつけて、ジャンプ一番! ヒナの頭と帽子の隙間に滑り込んで着地を決めた。

「……………………。」 何とも言えない静寂がただでさえ静かな夜を包む。

「……。では、お礼はこれで。」 と、自分の頭を指さして言うヒナの声が静寂を破る。

「え? あ、はい……。」 と、応えるしかないオレンだった。


 頭に猫を入れたまま、ホテルのバルコニーまでヒナが飛んで行くのをオレンは見送った。

「帰ろっか。ロシナンテ。」 と、再び馬車に乗り帰路に就く。

「今日はいろんなことがあったなあ。本当に……」

 本当にいろんなことがあり過ぎて、脳内で整理が追い付かない。ゆっくりと馬車に揺られながら、少しずつ時間をかけて、道中で場面場面を思い浮かべる。そうしているうちに、短いようで長い時が過ぎ、ミカビ村へと帰ってきた。

 家に着いた時、オレンの脳裏に一番最後に残っていたのは、ブラッドと直に会話した場面ではなく、それは、子猫が帽子に飛び込んだとき、一瞬みせたヒナの驚きの表情だった。

「ぶっ……。マジか……。」

 と、今更になって起こったことの可笑しさに気づき、オレンは思わず吹き出していたー

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