第3話 勇者様、自己紹介する

 ー時は少し遡りー 

 リンゴ樽を運びながらホテルの通路を進むオレンとショーゴ。そんな中、いつもより慌ただしい様子にオレンは違和感を感じた。先ほどの従業員がショーゴに言ったことも気になって、オレンは尋ねた。

「なあ、今日ホテルで何かあるのか?」

「ああ? 知らなかったっけ? パーティーだよ。パーティー。新勇者様就任披露パーティー! 新しい勇者の披露パーティーをウチでやんだよ。ミカビ村にだって新勇者誕生の知らせは入ってるだろ? こっちじゃ最近の話題はコレばっかだぜ。」

 と、ちょうど通路に貼ってるパーティー開催の告知ポスターを二、三度小突いてみせる。

「へー…。」 と、オレンは何気なくそのポスターに目をやると、その中央には自分と同年代の少女の姿が大きく描かれていた。自分と同い年ぐらいの少女が勇者になる。その事についてオレンは、世の中にはそんな天才がいるのか、という程度の他人事でしかなく、特別それ以上どう思うこともなかった。

 だが、その少女の隅に小さく描かれた人物を見て、オレンの足が止まった。

「全く、やってらんねーぜ。おかげで今日は朝から休む暇もねーんだよ……、って! オレン!」

 会話しながら進む中、通路の途中で止まってしまったオレンに気付き、大声を上げるショーゴ。

「……。なあ、ショーゴ。俺も今日のパーティー手伝うのダメか?」

 その大声に動ずることなく、オレンは静かに応えた。

「はぁ? 何だよ、突然。」 ショーゴの返事に、オレンがポスターをバン!と叩いて返す。

「あー……、なるほどね……。そういうことか……」

 オレンの行動に少し驚いたが、ポスターのオレンの手が当たっている部分を見てショーゴは納得する。

「えー、なになに。『新勇者所属予定の「メティスの大盾」メンバー三名も来賓』と。」

 困ったような苦笑いをしつつ、

「お前さんのお目当ては、この人だろ?」 と脇に描かれている三人の内の一人をトントンと指差す。

「そうだよ……。勇者パーティー『メティスの大盾』のリーダー、ブラッド!」

「なあ! 今日来てるんだろ! パーティーで人足らないんだよな! 俺もその中に入れてくれよ、なんでもやるからさ!」

 興奮気味に捲し立てるオレンに対し、ショーゴはなだめる様に

「分かったから落ち着けって! どうどう。」

「これが落ち着いていられるか!」

「俺みたいな一般人が、勇者に会えるチャンスなんてほとんど無いんだ! 俺にとってこの人がどういう人か、分かってるお前だから頼んでるんだよ!」

 しかし、聞く耳を持たないオレンは興奮が収まらない。

「どうどう。だから落ち着けって、オメ―それ、人にもの頼む態度じゃねーよ。」

 ショーゴはヤレヤレといった感じだが、続けて

「まったく……。わかったから、何とかしてやるよ。ただし、会うつっても遠くから見るだけだぞ。」

 とあっさり承諾する。そしてそのショーゴの後半の言葉にかぶせ気味に

「ありがとう! 一生恩に着る!」 と叫ぶオレンの声が、通路に響き渡った。


 ー再びパーティー会場ー

 拍手が鳴りやみ、ステージ上の少女の言葉を周囲は待っている。一方、少女はポェ~とした表情で中空を見つめ、喋りだす気配はない。妙な間ができたのを嫌った司会者が迷子の子供に話しかける様な優しい声で、助け舟を出した。

「勇者様。できればお名前から教えていただけますでしょうか。」

 その呼びかけに反応して、中空を見つめていた視線が戻ってくる。

「名前……。名前は、ヒナです。」

 ただでさえ幼く見える容姿から、更に幼い子供の様な回答が返ってきた。それは、周囲に失笑混じりの笑いを起こす。しかし、司会者はひるまず仕事をこなす。

「ヒナ様。勇者就任おめでとうございます。今後勇者としての目標や意気込みなどをどうぞお願いします。」

「目標……。目標は、魔王を倒すことです。」

 その話す仕草は相変わらず子供のようだが、その澱みのない回答に周囲は鎮まる。しかし、その発言のストレート過ぎる意味が伝わるにつれ、次第に拍手と歓声が湧き上がった。その会場の盛り上がりとは裏腹に、どうにもキャッチボールが成り立たない会話に、プランの立て直しを迫られた司会者は焦りをみせていた。しかし、そこにー

「ひぃ~な~。あんた~ もうちょっと~ わ ら い な さいよ~。」

 独特のリズムを付けてそう言いながら、女性がヒナに飛び付いて抱きしめる。突然のことに驚く参加者たちだが、その女性が誰だかわかると、より大きな歓声が上がった。

 彼女は『メティスの大盾』メンバーのルーナ。彼女の長い耳はエルフを特徴づけるものだが、同じくエルフの特徴である繊細で物静かな印象はない。金色の髪はショートで切り揃えられ、今日のパーティーに合わせた純白のドレスの下には細身だが筋肉質な体が垣間見える。性格にいたっては、人目を憚らずステージ上でヒナにジャレつくような奔放さを持つ人である。

 この予定より早い登場は司会者にとっても助け船だったようで、この場を任せているとー

「ルーナさん。お辞めなさい。ヒナさんがお困りですよ。」

 涼やかな中にも艶のある声と共に、舞台袖より和装した男性が登場する。その姿が現れるなり

「きゃーーーー!! 陸奥様ーー!!」 女性たちから悲鳴に近い黄色い声が飛んだ。

 そうなるのも納得の端正な顔立ち、手足の長い細身の体、輝きを放つ長髪の黒髪。ほんの数歩歩いただけの仕草からは美しさすら伝わってくる。このような場所であるにも関わらず、腰に刀を備えたその姿は正に美剣士。それが、『メティスの大盾』もう一人のメンバー陸奥だった。

 二人の登場で会場は興奮のるつぼと化している。完全に予定を狂わされた司会者は一旦その場を治める事も考えたが、せっかく盛り上がっているのならばと、その場の空気を読んで高らかに叫ぶ。

「さあ! では最後に登場して頂きましょう! 武の誉れ高い『メティスの大盾』リーダー、ブラッド様です!!」

 名前を呼ばれ、ヒートアップしてる会場に大柄の男性がゆっくり現れる。髪や髭はきちんと整えられ、正装を着こなしているが、その上からでもわかる肥大化した筋肉が野性味を感じさせる。どんな大物武器も使いこなせるであろう完璧な戦士の出で立ちに、先ほどまでの浮ついた歓声とはまた異質な感嘆交じりの歓声と拍手で迎えられた。


 六年前脳裏に焼き付いた姿と、今目に映っている姿がリンクし、オレンは憧れという高揚感で満たされている。ステージ上で何やら会話のやり取りが続いているが、最早そんなものは耳には入ってこなかった。しかしそれも束の間、現実に引き戻すような甲高い大声が間近で響く。

「ちょっと! あなた! そんな所に立っていたら邪魔でしょう! お退きなさい!」と、御夫人からの怒声が響く。

「失礼しました!」

 反射的に頭を下げながら自分が今何をやっているのかを思い出し、その場から退こうとした時、

「あ、ついでにワインを持ってきてくださる?」 と、その女性から注文が入る。

「かしこまりました。」

 そう言って、オレンは急いで裏に下がった。それは不本意ではあったが、自分のあまりに高鳴った鼓動を、客観的に自分で驚ける程度には冷静になり、結果的には丁度いいクールダウンとなった。裏に下がった場所には待っていたようにショーゴがいた。

「よう。どうだい? 生でその目で見てさ。」 と、分かりきっていることを意地悪に尋ねる。

「……。言葉になんねーよ。ほんっとっ! ありがとなショーゴ!」

 そのオレンを見て、ショーゴは笑いながらオレンの背を叩いた。

「…、あ、そうだ。あのお客さんがワインの注文を。」

「そうかい。」 ショーゴはグラスにワインを手際よく注ぐ。そして、

「どうぞ。」 と、大きく手を振るオーバーアクションには(もう一度近くで見てこい)という意味合いが込められている。

「ありがと。」 と、意を解してオレンは先ほどの席に向かった。

 わかっていても一歩近づくごとに鼓動が高鳴るのを感じる。それほどまでに、オレンにとって本物の英雄であるブラッドへの憧れは特別だった。それでも、一呼吸入れたおかげか先ほどよりは冷静に何事もなく先ほどの席に辿り着き、夫人にワインを差し出す。丁度、そのタイミングでー

「さあ、それでは本日、この夜に集われました皆様に、当ホテルよりのプレゼント。」

 と、響かせる司会者の声には、この進行がすっかり思い通りに収まって司会者の気分の良さがにじみ出る。

「これより皆様が抱いている想いや質問などを、直に勇者様にお伝えする時間とします。」

「それでは、希望される方は挙手を、どうぞ!」 司会者の合図と共にババババ! と手が上がる。

「えーでは……。そちらのー」 ざわつく会場の中で、司会者が指名しようとした瞬間ー

「ねぇねぇ、チョット〜。そっこのボーイまで手~上げてるの、ウケるんだけどw」

 それを遮るように大声で明るく笑うルーナがいた。長い耳を大きく揺らし、まるで面白いおもちゃを見つけた猫のように、手を挙げている少年をステージから見つめている。それにつられて会場全体の視線が少年に集まる。

「え?……」

 その集まった視線に、少年が一番驚いている。ここで手を上げたい欲求がなかった、とは言えない、だが手を上げる気はなかったのも本音である。それは高揚感のせいなのか、その場の雰囲気に流されたのか原因はよくわからないが、無意識のうちにオレンは左手を上げていた。

「はいでは、そこの少年!」 今日、この場で得た経験を経て、勇者の発言に無条件で乗っかる司会者の判断は早い。

 ”何でお前が?” という刺すような視線を会場全員から感じる。(やっちまった!) と自己嫌悪するオレンだが、逆にこうなった以上はと、妙な使命感にかられ意を決した。

「…、あの、ブラッドさん! 覚えていますか? 六年前の魔族侵攻があったとき、ミカビ村で助けた兄妹を。あの日…、両親は死んじまったけど…、でも…、あなたに助けてもらったおかげで、俺も妹も今日まで生きてこれました! ありがとうございました!」

 オレンは、この六年の思いの丈を一切飾り付けずに、ストレートにぶつけた。下げた頭からは涙が上に流れる。その言葉と姿が会場の熱を冷ます。壇上のブラッドはそれらすべてを飲み込むかのように、一度大きく深呼吸をして話し出した。

「……。すまんな、覚えてはいない。あの魔族侵攻のときはただ必死に戦っていて、どこで何と戦っていたかすら、よく覚えていないんだ…。だが、少年。今ここで君に誓おう。もう二度とあのような悲劇は許さないと。新たなメンバーを加え、さらに強くなった我々に期待してくれ。ありがとう。」

 静寂の中響くブラッドの声、その勇者として完璧な回答に周囲は聞き惚れている。そして話し終わると同時に今日一番の歓声が爆発した。しかしその中で、盛り上がる会場とは裏腹に、オレンからは熱が抜けていく。それは自分の望みとは違った応えのせいなのか、想いを成し遂げた喪失感のせいなのかよくわからない。

 その後もパーティーは続いたが、オレンはこの後のことはよく覚えていない。オレンは中ば放心状態で仕事だけは続けていた。

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