第2話 勇者様、出会う

 カカミからユーザへの道は比較的整備されており、粗末な馬車でも安全に通行できる。ユーザに近づくにつれ道幅は広くなり行き交う人の数も多くなってくる。そして道が土から砂利そして石畳へと変わっていくと、通り過ぎていく風景も木製の民家が立ち並ぶ姿から、区分けされ規則的に整列する煉瓦造りの大きな建物へと変化していった。

 そのユーザの中心部にあるこの国で一番のルガーツホテルへとオレンは向かう。当然、宿泊が目的ではなく村でとれた果物を納品する為である。元々は王家の城であったルガーツホテルは建築物としてもこの都市最大で、大きなバルコニーと広い庭園を備えている。

 オレンは粗末な馬車には不釣り合いな綺麗に整備された正面玄関を避けるように裏道へ回る。そしてその裏口には一人、オレンより少し背の高い青年が立っていた。

「よう、オレン。相変わらず時間に正確だな。」と、青年はオレンを見るなり挨拶をする。

「そりゃもう、一番のお得意様なんですから最優先で参りますよ。」と妙にへりくだるオレン。

「ははは、なんだそりゃ。俺以外の奴にはそんなしゃべり方してんのか?」

「そんなことありませんでございます。ショーゴ様だけなのでございます。」

 笑いをこらえながら応えるオレン。

「言葉がおかしなっとるがな!」

 と、苦笑いしながらツッコミを入れるショーゴ。そんな冗談を言い合いながら、オレンとショーゴは馬車の荷台に積んである樽を二つ、慣れた手順で協力して下ろす。

「よし。いつものリンゴ樽2つ。確かに。」

 と、ショーゴは普段通りの仕事を確認する、だが荷台には下ろした樽より小ぶりな樽が1つ残っていた。オレンは小樽の蓋を開け果実を一つ取り上げショーゴに無言で差し出す。すると、さっきまで笑っていたショーゴの表情が曇った。それは、傍から見ると何かの儀式のようにすら見える光景だった。

「そうか……、今年も、もうそんな時期なんだな。」

 としみじみと語るショーゴは意を決したように果実を受け取ると、手で半分に割り更にそれを半分にした実の皮から一房取り出すと口に入れる。

「………………。俺もさ、このホテルのバーテンダー(見習い)って立場上、この国の食材は一通り見てきたんだよ。そん中でもさ、お前んとこのリンゴは最高級だと思うぜ。いやホント。でもな……」

 先ほどとは打って変わって険しい表情で、奥歯に物が挟まったような言い方をするショーゴ。それを黙って聞いているオレン。

「この変種オレンジ……みかんだっけ?見た目や香りは申し分ないんだが……。この苦いでも、渋いでもない、何とも形容しがたい……まずさ……。わりーけど、これは今年もウチじゃ取れないわ。」

 少し申し訳なさげなショーゴに対し、オレンはやっぱりかという表情をみせる。

「……。はぁーーーー。いや、わかってたよ、わかってた…。昔からの約束だから持ってきただけで、期待はしてなかったよ……」

 と、オレンはため息交じりに呟いた。そして、二人の会話にお互いを気遣う微妙な間ができる。

「……。おまえのとこリンゴは一品なんだから、みかん潰してリンゴだけにはしねーの?」

 と、ふと浮かんだ疑問を聞くショーゴ。

「それは……考えたことはあるんだよ。でもさあの果樹園は両親の形見だし、それに……」

「それに?」

「それに、妹がさ……食べるんだよね、このみかんを。何処にも売れずに残ったみかんを毎年、ほぼ全部。アイツなりに両親の事とか思うところがあるんだと思うけど、無理して『美味しい』って食べてるんだよ、そんなの見たらさ……」

「……そっか。ミーヤちゃんって、そんなとこあんだな。」

 と、慰めるようにショーゴはオレンの肩を叩いた。するとそこに、ホテルの中から出てきた従業員がショーゴを見つける。

「お! いたいた。おい! ショーゴ! 今日は人足らねーんだから早く手伝え!」 と、怒鳴り声が響く。

「はい!今行きます!」 ショーゴは背筋を伸ばし大きな声で即答する。

「やっべ、俺行くわ! あ、わりぃけどリンゴ樽、ホテルの中に運ぶの手伝ってくれるか?」

「ああ、そんなことなら構わないけど……」

「じゃ、頼むわ。」

 二人はリンゴ樽を食材倉庫へ運ぶため、ホテルの中に足早に消えていった。


 ーそれから、少し時間は進みー

 オレンはホテルのパーティー会場で給仕をしていた。料理が盛り付けられた皿を運び、食べ終わった皿を片付ける。そんな単純作業なのだが、未経験の慣れない仕事はどこかぎこちない。そんな様子を同じ仕事をしながら、すこし気にかけてショーゴは見守っていた。

”いいか、難しいことは言わないから配膳だけしてろ。何か言われたら取り合えず返事だけしとけ。”

 と、ショーゴに言われたことを思い出しながらオレンは淡々と仕事をこなす。とはいえ、正装した男性や着飾った貴婦人、高貴な雰囲気と漂う香水、そして贅沢な食事とそれを彩る美しい食器類、このような煌びやかな社交界などは、オレンにとってまるで異世界の出来事であり、そんな世界にただいるだけで緊張の汗がでる。給仕の手伝いを自分から言い出したとはいえ、少し後悔の念が頭をもたげた時ー

「さて皆さん、お待たせしました。それでは本日の主役の登場です!」

 ステージの脇から司会者の機械的に拡張された声が響く。そしてステージがパァーと明るくなると、参加者から拍手が起こった。間を置かず、袖から少女が一人ゆっくりとステージ中央まで歩くと、一度深々とお辞儀をした。

 その少女は、鮮やかな藍色で染められたゆったりとした厚手のローブで身を包み、頭には今にも『グリフィンドーール!!』と叫びそうな大きな三角帽子、片手には身の丈以上の長くて大きな箒を持っている。その出で立ちは、教科書に載せたいほどの模範的な魔法使いの装いだった。その古典的な見た目に対して、お辞儀からゆっくりと身体を起こして見せるその顔は幼く、なんともアンバランスな違和感を感じさせる。その顔を見た参加者からは、まるでかわいい小動物を愛でる様な声が上がった。

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