勇者様は裏切らナイ

世葉

第1話 プロローグ

 ここは、異世界アルオン大陸。人と魔が生きる世界―

この大陸の中央には『タワー』と呼ばれる巨大建造物がある。そのタワーからは、大陸を東西に横断する巨大な魔法障壁が発生し、この障壁によって大陸は、人の世界と魔の世界に分断されていた。魔は大陸の北側で、魔王を頂点とした支配体制を築いていたのに対し、人は大陸の南側でいくつかの国を作り、独自の発展を遂げ、平和な世を謳歌していた。しかしー

 突如としてタワーの魔法障壁を破り、魔物が人の世界に侵攻を始めたー


 ここは、田舎の農村ミカビ。のどかな田園が広がる、ただそれだけの何もない村だった。しかし、その平穏な日々は破られ、今まさに魔族の攻撃を受けている。田畑はなぎ倒され、踏み荒らされ、点在する民家からは火が上がり、煙が立ち込め、辺りを黒く覆っている。

 日常が破壊され戦場となった地に、少年が立っている。荒らされた農地の中、不思議と無傷で残っている果樹園の入り口で、その果樹園を守るかのように、前を見据え立つ少年は、年のころは十前後、天然繊維の地味な色の服を着た何処にでもいる農家の子供に見える。様子が違う点があるとすれば、まず1つは、腰のあたりには更に幼い少女が一人しがみ付いているという点。そしてもう1つは、両手で農業用フォークを構え持ち、前方の敵に対して臨戦態勢を取っている点。

 そんな少年が震えながら見据える先には、一匹の人狼(ワーウルフ)がいた。全身が灰色の毛で覆われた大人の倍はあろうかという体格の魔物。しかし片目は潰れ、その体には幾つかの新しい傷がある。その爪の先から滴る血は自分の物か、返り血なのかは、判別できない。

 ワーウルフは明らかに少年を認識し、ゆっくりと少年に向かって歩みを進める。少年は戦わなければならないという使命感とは裏腹に、恐怖で足がすくみ、立っているのがやっとだった。ただ震えて武器を構えていることしかできないその緊張感が、しがみ付いている少女にも伝わったのか

「お兄ちゃん!」 と少女が声を上げる。

 その声に呼応するかのように、ワーウルフは歩みを早め少年に向かってくる。その動きは正に獣のごとく、あっという間に狼が疾走するスピードにまで加速し、一直線に少年の喉元へ爪を突き立てんと腕を突き上げる。その寸前ー

 ワーウルフの潰れた片目の死角から割り込まれた大剣が、喉と爪の間に滑り込んだ。それによって生じた衝撃によってワーウルフは身を弾かれ、少年は少女と共にその場にへたり込む。何が起きたのか理解が追い付かないまま、少年の目は大剣を構えた戦士の後ろ姿だけをただ見ていたー


 ”一騎当千 この言葉が比喩でなく、真実それほどの力を持つ者。その身に力の源となる『魔子』を宿した者。その中でも更に突出した力を持ち、その力をもって功績を上げた者は『勇者』として称えられる”


 六年後ー

「はい、オレン。いつもの火竜定食おまち!」

 と騒がしい酒場に明るい声が響き、若い給仕がカウンターに料理を運ぶ。

「おう、ありがとう。」 と受け取る少年。そして「いただきます。」 とさっそく食べ始める。

 ここはミカビ村から一番近い街カカミ。大都市のユーザとを繋ぐ宿場町として栄え多くの宿が立ち並ぶ、その一角にある火竜亭は様々な人が行き交うこの町を代表する宿の一つである。その火竜亭の女給仕は、少年の食べる姿を笑顔で見ながら

「ねえオレン。今日はユーザまで行くんだよね。じゃあさこの手紙、彼に渡してくれない?」

 と、カウンター越しに甘い声でお願いする。

「ん?ああショーゴへの手紙だろ?はいはい、いいですとも! それにしても、シュレさんって意外とマメに手紙書くよね? そのマメさがあるならもうちょっと村に帰って、親父さんに顔みせてあげなよ。」

 食べながら受け答えするオレンの余計な一言に少しムッとしたシュレは

「いいのよ! 私は私の為に、ここで働いているんだから。あの村じゃ、やりたいこともできないじゃない……」

 とさっきとは打って変って、強い口調で受け応える。

「わかった、わかったよ。でもさーこういう場所って良からぬ連中も出入りすんじゃん。親父さんだって心配すると思うよ。」

 と、昼間から奥で騒いでる酔っ払い連中をオレンは指差す。

「ふっふーん、その点は大丈夫よ。私に手を出そうもんなら、店長が黙ってないから。うちの店長に勝てる奴なんて勇者ぐらいなもんよ。あんな連中束になっても店長の片手で一捻りよ!」

 となぜか自慢げに話すシュレ。そしてその声が聞こえたようで、奥で店長が得意げにポーズを決めている。

「はーーーー。さようですか……」

 などという会話や世間話をしながら、オレンは食事を済ませた。

「ごちそうさま。じゃ、俺行くわ。」と席を立つ。

「またね、オレン。手紙、忘れないでね。」と念を押すシュレ。その後ろから

「オレンくーん。ミーヤちゃん元気にしてる?応援してるからねー」と店長の野太い声が響く。

「ははは。あいつは元気ですよ。そりゃもう元気じゃない時がないぐらい。」

 ミーヤのことを言われて少し嬉しそうなオレン。

「店長がすげー応援してるってあいつには言っときますね。じゃ、また。」

 オレンは火竜亭を出ると、農耕馬が引く粗末な馬車に乗り込み大都市ユーザへと向かう。


 六年前の魔族侵攻は勇者達の力によってほどなく鎮圧された。各地で相当の被害はあったが、年月の経過によって復興は進む。しかし、死んだ人間は戻らない。ミカビ村のオレンとミーヤは勇者によって一命を取り留めたが、あの日、両親は殺されたー

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