第15話 迷宮学者のフィールドワーク

「えぇ!! ほんとにここを!?」


 扉を開き、私を先に部屋に入れるローレンヌ。予想以上に広い部屋を目にし、私は驚きのあまりに大声を出してしまう。

 今泊っている宿屋の一室よりも遥かに質がいい。

 まず広い。大人三人が大の字になっても余裕がある程の空間。それを、高そうな絨毯が覆っている。この広さならば。迷宮学の研究器具を存分に広げることができそうだ。

 ベッドはクイーンサイズ。広すぎて逆に寝心地が悪そうなベッドだ。素材は全て質のいい絹らしく、僅かな光を反射して優しい輝きを湛えている。

 執務机は暗い木材を切り出して作られた一級品。その広さは、資料を何枚も広げて論文を書くことができるだろう。その上、それら全てを横にどければ仮眠もできそうだ。


「えぇ、この部屋を使っていいですよ」

「ほんと!? ほんとにいいのこんな部屋!!??」


 肝心のここはどこかというと、答えは『黄金の順風』のギルドホーム。

 ある程度練達した冒険者は、拠点とする場所に拠点を構えることがある。等級が上がれば、ギルド本部からも金銭的な援助をするなど冒険者ギルドもギルドホームを構えることを推進している。

 私にロンドール調査後の予定があることを聞いた直後の不敵な笑みは、これが理由だったらしい。

 そのギルドホームの部屋が余っているので、今後ここを研究拠点として使っていいとのことなのだ。

 願ってもない好条件だ。家賃も無し、家事も分担してくれるそう。これで研究室が洗濯物と研究器具の排熱で蒸し暑くならずに済むのか、と感動すら覚える。

 私に求められているのはただ一つ。


「えぇ。ただ条件として、黄金の順風に正式に加入していただくことになりますが。嫌でしたら別に……」

「いやもう全然!! むしろ喜んでだよ!! でもいいの? 私なんかが入って足手まといにならない?」


 ギルドホームは、チームではない人間に部屋を貸すことを本部より禁じられている。当たり前だ。そのチームに貸し与えられた家なのだから。

 だが大歓迎だ。黄金の順風に入らずとも、私は今後も一人で迷宮の調査をする予定だった。その予定に頼れる仲間が加わったと思えば、何も損せず私は得のみを得たもの事になる。


「溢魔体の魔術師なんて、喉から手が出るほど欲しい人材ですよ。それにアストラさんは、誰よりも迷宮に詳しいと僕が思うただ一人の女性です」


 確かに、額面だけの言葉を見れば私は魔術師の中でもスペックは高い方だ。

 ただ私は実戦経験も少ないし、魔術は自衛手段程度に考えている為、訓練も欠かしてばっかりである。本当に私でいいんだろうか。ローレンヌが気を遣っている可能性も、無いとは言い切れないのではないだろうか。


「言っとくけどぉ」


 猫耳がピクリとローレンヌの下から生えてくる。

 いつの間にやら、部屋紹介にリュールが混じっていたらしい。背が低くて気付かなかった。


「リーダーが気を遣ってるぅ、とかないからねぇ。ギルドホームを貸すなんて大事、パーティーで相談しない訳ないでしょぉ?」

「た、確かに」

「そういう訳です。今、荷物は?」

「宿屋だよ」


 扉にもたれかかりながら腕を組み、ローレンヌが微笑む。


「では明日にでも僕とルクシスが運び入れましょう」

「いや! そこまで手伝わせるのは悪いよ。自分で運ぶ」


 パーティーに入るとはいえ、部屋を貸し与えられた上に荷物運びを手伝わせるなんて、罪悪感で満足にペンが進まなくなってしまう。

 足音が、私たちの下に近寄っていることに気付く。


「おいローレンヌ。……あ、アストラさんもいるな、丁度いい」


 噂をすれば影が差すか、ルクシスから部屋の中を覗くように顔を見せる。

 手元には、ギルドの印が入った羊皮紙を持っている。


「どうした?」

「依頼だよ依頼。エルドリア迷宮で行方不明者多数、救助の要請だってさ」

「エルドリアで?」


 立ち話のまま詳細を聴く。

 曰く、赤銅等級から白銀。果ては黄金等級まで。幾つもの冒険者パーティがエルドリアへ潜ったきり帰ってこないそうだ。

 ギルドはこの事態を重く見、黄金等級の中でも上位の実力を持ち、この王国をホームとする『黄金の順風』に名指しの救助依頼を飛ばしたらしい。

 エルドリアと言えば、世界一美しいと言われる迷宮核、通称エルドリア・ダイアモンドがある著名な迷宮だ。

 緻密な魔素の圧力により形成されたと仮定されているそれは、まさに迷宮の神秘と呼んでも過言ではない。機会があれば、籠もりっきりで調査をしたいくらいだ。

 ただ妙だ。エルドリアの迷宮はそれだけ著名な迷宮。一般的に迷宮の攻略難易度とは、未知の部分が有る程に跳ね上がる。

 測量図は勿論、固有の魔物の対処法も知れ渡ったあの迷宮で、今更行方不明者とは。何か引っ掛ける。


「行きましょう。詳しい話を聞かない限り判断出来ない」

「私もいい?」

「勿論です。リュール、シュシュたちにギルドに行くって伝えといてくれ」

「ういリーダー。りょーかいぃ」


 どうやら早速仕事らしい。深呼吸して精神を引き締め、先に部屋を後にしたローレンヌたちに小走りで追った。




 金髪の聖騎士、亜人の斥候、半森人の魔術師、巨躯の戦士にそばかすの薬師。最後に、迷宮学者ティア・アストラ。

 こうして六人の奇妙な冒険者は、フィールドワークをこなしていくことなる。

 そして彼女らが世界に小さくない影響を齎すのは、また別の話。

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