第12話 迷宮学者と夢

「先生!!」

「うぉ!!??」


 耳元での大声に、私の意識が一気に呼び起こされる。

 知らない天井。円錐型のそれはロンドールの入り口前に置かれた天幕の一つだろう。そして、私が起きたことを確認する顔が一つ。

 長い前髪に隠れているだけで、その実は大きくて綺麗な瞳をしている。紫紺の瞳は心配そうに潤み、寝癖だらけの私を映す。


「……メイ、眼出した方がかわいいと思う」

「えっ。きゅ、急ですね」

「うちもそう思う!! てか第一声それ!?」


 上体を起こし、肩を回す。

 簡素なベッドに寝かされる私と、それを取り囲むいくつもの木の棚。薬品がみっちりと詰まったここは、恐らく医務室だ。

 状況的に、作戦は成功したのだろう。ユリアもメイも知らぬ人の死も悼むことのできる優しい子だ。彼女らが元気に笑っているということは、きっと怪我人はいても死者はいない。

 とは言え、状況確認はしたいという私の思考を読み取ったのか、棚の陰から本を持ったカークが顔を覗かせる。


「羽根付きは無事掃討しました。その後……あの、斥候の人」

「リュールね」

「そう、リュールさんとブローディアさんが、せんせーとローレンヌさんが危ないってことだったので、急いで救護に向かったんです」

「その場に魔物は?」

「少し。でも、洞窟内が埋没してしまっていて、殆どが生き埋めになっていたみたいです。せんせーたちもでしたが」


 目論見通りに事が運んで、ほっと胸を撫で下ろす。

 最悪の状況は、私たちが自爆により戦闘不能になっているのにも関わらず、使徒が生き延び液化魔素海に陣取る者たちを挟撃する事だったのだが、私とローレンヌの尽力の甲斐あったらしい。


「に、にしても、なんであんな大規模な崩落が起きたんでしょうか……。じ、地盤は安定していたと思うんですけど」

「あー……なんでだろうねぇ……」


 溢魔体の体質を応用して、自ら魔力暴走を起こしました。なんて正直に話そうものなら、三人の熱心な説教を受けることになる。

 自分よりしっかりした子供に怒られるというのは、嬉しさも半面、どこか堪えるものがあるのだ。


「俺、人呼んできますね」

「あーシュシュも呼んでくれる? 正直まだ気持ち悪くて」


 魔素を急激に吸収すると、身体がその状況に適応せず、魔素酔いを起こすことがある。

 魔力暴走によって一気に魔力を使い果たした影響か、今の私がそれだ。体質上慣れてはいるが、肉体の魔力全てとなると経験は少ない。

 メイとユリアに、交互にフルーツとスープを食べさせられていると、カークが人を連れてくる待ち時間などあっという間だった。

 やってきたのはそばかすと焦げ茶色の髪を後頭部で一つに束ねた、黄金の順風の薬師、シュシュ。正直、黄金の順風の中では一番気が合うと思っている。

 同じ研究者気質だからだろうか。違う分野の研究者であっても話が盛り上がる。魔種植物学者の分野であれば、私が最も一目置く人物だ。

 その上彼女には悪いが、醜女でも美人でもないパッとしない容姿に、強い親近感を覚える。

 もう一人の顔は記憶に新しい。確か初めて会ったのは各メンバーとの顔合わせの時だっただろうか。夜空のような黒髪の、腰まで届くスーパーロング。端正な顔立ちはクールなイメージが強い。


「話すのは初めましてですね。白亜の天嶺の錬金術師、ピアスです。調子はどうですか? 手が痛いとか、指が曲がらないとか、物を持てないとか」


 やけに手に限定して物を言うな、と言われて確認し気付く。魔力暴走を引き起こしたにしては、思いの他調子がいい。

 体調はともかく、身体の外側に関しては一切の違和感も見当たらない。脚も手も問題無く動くし、その他の部位にも全く痛みが無い。


「……頭痛と吐き気が少し。それ以外は大丈夫ですね」

「良かったです。治癒魔術での外傷の治癒は我々でも目視できますが、内部となるとそうはいきませんからね」


 患部の確認。洗浄に消毒、そして保護し自己治癒力を高める。医療知識に基づいた一連の魔術行使。治癒魔術はこの一連の動作の通称だ。


「ティアちゃんこれ」

「ありがとー」


 シュシュより差し出された薬を少しだけ口に含み、嚥下する。

 知っている味だ。魔素の吸収を阻害する薬草を煎じた薬だったか。本来は魔術師を妨害するようなものだが、魔素酔いの最適解としても知られている。吐き気が静かに引いていく。ただ頭痛は、少しだけ尾を引いていた。

 失神からどれ程の時間が経っているのだろうか。分からないが、薬液だけでも胃が喜んでいるのを感じる。


「うまぁ……」

「一応味付けといたよ。ティアちゃん、今日で二日目だったから」

「そんなに……」

「えぇ。ローレンヌさんは一日で起きましたが」


 流石は黄金等級冒険者チームのリーダーを張っているだけはある。日頃から鍛えているだろうし、研究ばかりの私とは正反対だ。

 空腹を感じると同時に、安堵が下りて来る。

 これでロンドールの探索も順調に進むようになるだろう。もしかしたら、特殊迷宮の認定も解けるかもしれない。


「で、どんな無茶をしたんですか? アストラ教授」


 含んだ薬液を吹き出す。

 まるで私が無理をしたことを見抜かれているような言い草だ。

 確かにあれは無茶だ。溢魔体とは言え魔力暴走を受ければ完全に無事で済む保証は無いし、例え助かっても崩落に巻き込まれ救助が遅れれば命を落とすだろう。

 ただそれでも最低でも、治癒魔法を行使してもらえれば五体満足でいられるように流す魔力を調節したし、魔術での防御もした。

 学徒三人の顔を伺いつつ、私は口元を腕で拭う。

 ただ、そんなことを子供たちに言ってしまえば、悪影響を与えるとも限らないし。


「ごほっ、ごほっ!! な、なんのことでしょうか……?」

「発見時、貴女たち二人の四肢、末端がぐちゃぐちゃに砕けてたんですよ? おまけにアストラさんに至っては魔力がカラカラ。どんな無茶したらこうなるんですか?」

「せ、先生」

「メイ違うのこれは違うの!! ごほんっ!! ピアスさん!!」

「! あぁ……」


 頼む、察してくれと私はピアスに目配せをすると、彼女は顎に手を置いて黙り込む。きっと、先ほどの発言をカバーする言い訳を考えてくれて――――。


「手指から肘の辺りまでですね、骨が見えていたのは。足は太腿までです」

「ピアスさん!!!!????」

「先生!!!!」

「自業自得です。無茶したのはご自身なんですから、しっかり説教されてください。こっちは一足先に覚醒したローレンヌさんに脅されて大変だったんですから。絶対に治せよ、僕の大切な人なんだ。……って。全く、色恋は他所でやってくださいよ。こっちは万年独り身だってのに」

「ティアちゃん!!!!!!?????」

「ちがっ、違うのユリア!!!!! 全然そういう仲じゃないから!!!!!!」


 じりじりとにじり寄って来る二人に必死の弁解をするも、抵抗も虚しく捕獲される。

 そうして、メイによる説教と、ユリアによる恋愛話の催促に応えているうちに、頭痛も吐き気も収まり、体調は完全に恢復していた。

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