第10話 迷宮学者と秘めた策
使徒。古の白き龍種はそう
既に使徒の研究は進んでおり、特徴やその原因に関しても判明している。
その正体は、全ての生物に起こる可能性がある突然変異。
魔素の制御能力及びそれに関連する症状を先天的に引き起こす遺伝子疾患。
色素が抜けるという特徴もあり、自らの意思とは関係なく眼球が動く
これらの症状は外見的な特徴であり、ウーナーの本質ではない。
特筆すべきは、魔素の影響を一切受けないということ。
魔術師を例に説明しよう。
魔術師は魔法を得意とする者の総称。賢者の学院という魔術師の専門学校を卒業すると魔導士と呼ばれることもあるが、本質的には同じ。
身体に存在する魔素を操り、魔力にする。これが魔術師を志す者が最初に教わる、いわゆる魔力操作と言われる動作だ。
魔素が肉体を含め世界の森羅万象に循環するものであるならば、魔力はそれを特定のものに定着させたものを指す。つまるところ魔術師の言う魔力とは、魔素の操作により性質に微細な変化を施し、体内に停滞するようにしたものなのだ。
話を戻すと、魔術師は魔力を魔術に変えて放出する。すると、体内に存在していたはずの魔力のスペースに空きが生まれ、そこへ新たに魔素が満ちていく。こうして魔素は体内を循環するという訳だ。
ウーナーは違う。彼らは魔素に関する全ての器官が魔素に対する機能を失い、それを補うかのように肉体を強化しているのだ。
魔素の影響を受けないというのは、この世界においては異端だ。
肉体能力が大きく向上するのも一つ。魔力というこの世界の根幹とも言えるエネルギーを失うことは、肉体にとってデメリットが大きかったらしい。それ故に、魔力がなくとも魔力がある人間と同じになろうとする。
心肺機能は他の生物よりも力強く。感覚器官はナイフのように鋭くなり、
その上、その肉体は魔力の一切の影響を受け付けない。魔力により構成される魔法も、彼らの前ではそよ風と等しい。
魔力がなくとも、魔力があるのと同じように。
失えども、有るかのように。
それがウーナー。魔物にこの兆候が表れた場合、その個体を使徒と呼ぶ。
「白い……アグア……!?」
キチキチと、奇怪な音を鳴らしながらアグアがこちらを睨んでいる。
真っ白で巨大な頭部と、同じく純白の触角はこちらを探るように動いている。複眼は万華鏡のように困惑する私たちのいくつも複製し映し、体躯はその他のアグアより二回りほど大きい。
腹部が異様に膨れている。背中には、羽根を毟り取ったかのような古い傷。
そう、羽根を毟り取ったかのような。
「
巨大な土の壁がせり上がり、私たちとアグアを分断する。
茫然自失していた私は驚きで躓き、尻餅をついてしまった。戦慄していたリュールも同じように、膝と両手が地面に突いている。
ブローディアの精霊魔術。だが、使徒の前では足止め以上にはならないだろう。
「お二人とも、しっかり!!」
「……すいません、取り乱しました」
「う……申し訳ないですぅ」
ずれた眼鏡を掛け直し、私は岩の壁の方向へ向き直る。
考えねばならない。この調査隊の特別顧問として、特殊迷宮に踏み入る決断をした責任を負うために。
いや、策はある。正確には、決断せねばならない。
「アストラっちぃ、あれってぇ」
「使徒ですね。しかも、女王」
「女王!?」
巣の中で、産卵の機能を有しているのは女王のみ。それ故に、女王は他の個体よりも大きな身体を持つ。
加えて、結婚飛行の後営巣に取り掛かる際に、女王は自ら羽根を捥ぐのだ。
先程の使徒にはその身体的特徴があった。間違い無い。
まさか、巣の中で最も高い戦闘力を誇る女王が、さらなる強化を得ているとは。存外に。
「不味いな……」
クッキーのように容易く岩の壁が破られる。
虫に表情筋があるのかは知らないが、どこか得意げだ。
「"
洞窟の四方八方より、尖った岩が生えアグアを狙う。
火や雷などの実体のない魔法は、全てが魔力で構成されている。故に使徒の身体に触れた瞬間に霧散してしまうのだ。
岩や水は、魔力で実体を作り出し、魔力を通して操ることで成り立つ。その為魔法が通じない相手でも、一定の威力を発するものなのだが。
「……冗談きついなぁ」
やはり焼き菓子のように、岩の棘は白い甲殻に触れた瞬間に脆く崩れた。
魔術師にはいくつかの種類がある。
私のような、真言を扱い魔法を行使する最も一般的な魔術師。
精霊と契約した者だけがあつかえる、精霊魔術を行使する精霊術師。
そして、真言を扱うまでは同じものの、使用する属性を縛ることで威力や効果に恩恵を受けることのできる、元素術師。
リュールは岩に特化した元素術師だ。私のように様々な魔法を行使することを禁じる代わりに、私が同じ岩魔法を行使しても、リュール以上の効果を発揮することはできない。
そのリュールの魔法でも、使徒には通じない。
じりと、使徒が滲み寄る。
「"
底無し沼に囚われている様子もない。後続のアグアたちが突如沈み始めた足場に混乱している様子なのに対し、使徒はまるで浴槽から脚を上げるように沼より這い出て来る。
私も使徒と遭遇するのは初めてだ。ただ、どれ程の魔法が効いて、どれ程の魔法が効かないのか。この場で確かめる時間は無い。
「あ……アレだねぇ!? りょーかいっ!」
「そんな……! 魔法が効かないとは言え、私も戦えます!」
手に持っていたカードは全て切った。そして今の状況で、最後の一枚以外を斬ることはできない。
時が来たようだ。
「"
「重い任務ですね……ッ!」
ブローディアを連れこの場から去っていくリュールを視界の端で見届け、私は使徒に向き直る。
炎の柱を素通りした使徒の牙をローレンヌが受け止めている。
魔法による炎がまやかしでも、その温度は本物だ。生物であれば高温の場所に飛び込むことは避ける筈と思ったが、どうやら効いていない。
だが私の狙いはそれだけではない。
「
「……ッ! 限界ですッ!」
金属が軋む異音が響く。聞いたことのない音だ。
人間の膂力は存外に大したことが無い。フロードにさえ負ける人間に、巨大なアリに勝てなんて無理難題が過ぎると言うもの。
刀身を滑らせるようにして何度か使徒の顎を受け流すも、直撃の度に損傷は深まる。
「あぁッ……クソッ!」
気付いた時には既に遅く、ローレンヌの剣は異音と共に折れた。
だがそのお陰で、私の準備が整った。
可視化できる程に濃密な魔力が、昏い青を乗せ私より漏れ出る。
高まる魔力は自分自身でも制御が叶わない。この兆候は、魔術師としては忌避すべきことである。
懐かしい感覚だ。
数年前にもローレンヌらと一緒に、この手札を切ったことがあった。
自爆にも等しい技だ。その時も、生きるか死ぬかは博打。
「悪いけど、また冥界の河辺の散歩に付き合ってもらうよ……」
「ふふっ、言われなくても付いていきますよ」
切り札、と言うにはお粗末。
悪足掻き、と呼ぶには派手が過ぎる。
私の最後の手札こそ、異常量の魔力を練り上げる事で起こる
「……ッ!」
一際明るい青が瞬いた。
爆炎の代わりに、爆ぜるのは魔力。青白い炎が上がり猛烈な勢いで膨張し、遂には爆発した。
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