第9話 迷宮学者と神の使徒

 炎の赤が包み込み、雷の白が連鎖する。精霊は楽しそうな舞踏と共に虫たちを蹴落とし、式神が命に従い的確に敵を討つ。

 想像以上の勢いで、私たちはアグアたちを墜としていた。

 準備の甲斐あって魔法砲撃部隊にはまだ疲労は見えない。治癒役も支援魔法による支援に回り、近接戦の勇士たちもスリングや短弓などでサポートに回っている。お陰で、アグアはまだ私たちに近付けてすらいない。

 各部隊からもたらされる報告を受けながら、私は戦況を見つめる。

 嬉しい誤算だ。想像以上にアグアたちが脆い。

 冒険者が実力の合った等級が宛てがわれ階級付けされているように、魔物もギルドが定めた危険度による等級で階級付けされている。

 アグアは黄色おうしょく級、下から三番目だ。

 黄金等級の冒険者たちとはいえ、放たれる魔法はある程度の威力を確保しつつ、範囲を広くしたものだ。それでさえ呆気なく墜落できている。

 上手く行き過ぎて不安。とまではいかないが、魔綿を洞窟内に運搬する際はかなりの時間を掛けたし、液化魔素に爆薬を沈めるなんてことは前例が少なく運頼みの部分が多かった。

 数百数千の魔物相手にたった数十人のパーティーで挑むことには不安があったし、私の魔法だって届くか怪しかった。

 数々の不安要素を取り払ったから、乗り越えたから現在がある。とは言え、恐い程に上手く行っている。


「アストラさん!!」


 その不安が、どうやら具現化したらしい。

 焦った様子で戦士が私の元に駆け寄ってくる。名前は思い出せないが顔は思い出せる。確か彼は鉄の爪の一員で、魔綿で塞いだ穴の一つの警戒に当たらせていた筈だ。


「はい、アストラです!」

「アグアが……魔綿の壁を突破しようとしています!」


 耳を疑う。

 魔素を吸ったあれ等は、今や高濃度の魔素の塊だ。アグアたちが液化魔素に触れて絶命している以上、触れられることはあり得ないし、魔法で動かそうにも通常の魔法では魔力に引火し誘爆を引き起こし、通る前に洞窟が崩壊するだろう。

 そもそもアグアたちは魔法を使った報告は存在せず、道具を使うような知能もない筈。アグアが魔綿をどかすのは、どう考えてもあり得ない事なのだ。

 それがどうして。いや、今仮説を立てている暇は無い。


「"念話メッセージ"。リュール、ローレンヌ、ブローディアさん! 緊急事態! 私と一緒に来て!」


 念話で呼び付け、すぐさまこの場所を離れる。

 ここは思ったより負担が少ない。ある程度戦力を引き抜いても大丈夫だろう。それより、問題は魔綿を突破しようとしている方だ。

 アグアという魔物は特殊で、羽根があるアグアという個体は巣立ちの時だけという極めて限定的な状況の個体のみだ。その他のアグアはそのそも生まれた時点で羽根を持っておらず、その分胸部の筋力を増強している。

 羽根付きのアグアは基本的には戦力外の若い個体。もし本当にアグアがバリケードを突破しようとしているのなら、戦いに慣れた壮年の個体が主となっているだろう。それが、同じく数百匹。

 狭い洞窟の中で歴戦の個体と戦う必要が出てくるということだ。場合によっては、こちら側に戦力を傾けなければいけないだろう。

 案内の元、何度か道を曲がる内に呼び付けた三人に追い付かれた。機動力のあるリュールを先頭に、後の二人が続いている。


「どうしたのぉ」

「バリケードが突破されるかも知れない」

「それは不味いですね……」


 杖を両手に持ったブローディアが憂うのも当然。

 現在は周到な準備の上、敵が来る方向を絞っているからこそ楽になっているに過ぎない。もし後ろから、それよりも強い個体が押し寄せれば我々は即座に全滅するだろう。


「ここか、問題の場所は……。リュール」

「了解リーダーぁ。"岩の瞳サクスム・オクルスぅ"」


 積み上げられた青紫色の壁。その眼前に辿り着いたと同時に、リュールが索敵の魔法を発動し、バリケードの向こう側を確認する。

 よく見れば、確かに私たちが積み上げた時より魔綿がこちら側に寄っている。まるで向こう側から押されたようだ。もう少し強い力を加えられれば、すぐさまこちら側に倒れるだろう。

 違和感。

 それは確実に、向こう側から魔綿に触れた痕跡とも言える。


「は?」


 リュールが間の抜けた声を上げる。

 私たちの視線が、リュールの方へと向き発言を待った。


「……こんなアグア、見たことないんだけどぉ」

「特徴は!?」

「えっと……デカくて……あっ」


 魔綿が膨れ上がった。正確には、向こう側から強い力を加えられた。

 バリケードが倒れる。それを引き起こした張本人の顔が割れる。


「まさか……」


 数百年前の記録だ。作り話のようで、確かに冒険者ギルドの資料室に残っている記録。

 その昔、ある国が滅んだという。元凶はたった一匹の、白いドラゴン。

 ドラゴンは竜種りゅうしゅ龍種りゅうしゅを一緒くたにする呼び方だが、実際にはこの二種は違う。

 竜種は所謂飛竜ワイバーン。鳥と祖先は同じく、古の時代の特徴を色濃く残す生きた化石。可燃性のガスを腹に溜め、特殊な顎で炎を吹く。知性はあるとは言え所詮は獣だ。

 対して龍種は人の言葉を解するほどの知能を持ち、老練の個体であれば意思疎通すら可能だ。そして白いドラゴンとは、後者の方。

 曰く、その龍には魔法が一切通じない。

 曰く、尋常ならざる生命力を有し、心臓を刺した筈の剣から鼓動が伝わってきた。

 曰く、その龍はうそぶいた。「この純白こそ、私が神の使徒しとである証だ」と。


「白い……アグア……!?」


 以降、時折純白の魔物の報告が上がるようになった。報告の全てに、魔法の無効化能力も生命力もあったことから、白い身体の恩恵を受けたとされる魔物を、古の龍の言葉を借り呼称するようになる。

 使徒、と。

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