第3話 迷宮学者、特別顧問となる

「なんだ、お知り合いでしたか」

「いえ、そんなんじゃ。過去に何度か依頼させてもらった程度で……――――」


 顔の前で振る手を、ローレンヌはその一回り大きな手で覆い隠し受付嬢へ向き直る。


「僕の、大切な人です」

「は?」


 何言ってんだこいつ。

 吃驚きっきょうと困惑で思考が停止した私を傍目に、ローレンヌはカウンターに両肘を置き前のめりで話を進める。


「彼女は何故ここに?」

「学園を辞められたそうでして。仕事を探したいと仰っていたところをお二方の口論を聞かれたようで、ロンドールへの調査に同行したいと……――――」


 サラサラとした前髪を掻き上げ、彼は受付嬢の言葉を遮る。


「なら丁度いいじゃあないか。この国に彼女以上の迷宮学者はいない。異論は出ないでしょう」

「ちょちょちょ何で勝手に付いていくことになってるんですか話が早すぎますって! いや行きたいですけ……――――」

「じゃあいいじゃあないですか。チェルシーさん、済まないがアストラ女史を臨時で僕のパーティーに加えて貰えるかい?」

「はい、かしこまりました」


 受付嬢が再び奥へと去っていく。


「さっきから人の話を最後まで聞かない人ですね! ……まぁほんとに異論は無いからいいですけど」


 彼が自分から私を探索隊に加えてくれるなら、それは願っても無い事だ。ただ、まるで流されるようでどこか腑に落ちない。

 まぁいい。と、思考を切り替え、ロンドールの迷宮の環境を推察する。そうこうしている間に殆どの手続きが完了したようで、最後は私の板金に魔力刻印まりょくこくいんをするのみとなった。

 促されるままに首に掛けていた板金を外し、受付嬢へ渡す。


「それでは、失礼します」


 魔力刻印の為のスタンプが押され、すぐに板金が帰って来た。手に取ると、先刻よりわずかに満ちる魔力の性質が変わったように思える。

 試しに魔力を流してみる。すると、黒い板金の表面に青白い文字で『黄金おうごん順風じゅんぷう』の文字が浮き出た。

 認識票は、冒険者の身分証も兼ねている。万が一の際に、変わり果てた姿となっていても、身に纏う認識票にをみれば、その者の身分が分かるように。

 私の肩からローレンヌが顔を出し、浮かんだ文字を覗き込んだ。

 顔が近い。金髪から爽やかな芳香が鼻腔びくうくすぐる。急なその仕草に、心臓が跳ねた。


「よし、完璧ですね」


 満面の笑みで、彼は私の両手を取る。

 先程からこの男、私を女史と学者として形式的には敬いつつも、まるで親しい友人のように距離感が近い。

 とここで、私たちがやり取りする間ずっと待ち惚けを喰らっていた禿頭の男が、鈍く重い足音を立てながらこちらへと歩み寄って来る。


「話は終わったか、ローレンヌ」


 刺すような鋭い視線は私を一瞥し、しかしすぐにローレンヌへ向けられた。

 見上げる程巨躯の男だ。遠くから見えた頭の入れ墨は飛竜ひりゅう種の、取り分けワイバーンと呼称されるものに似ている。翼を大きく広げ、首を伸ばし彼の左眼を咥えている。

 上半身は裸だ。薄っすらと汗ばんだ胸筋には、牛に似た獣竜じゅうりゅうが雄々しい角を反り立たせていた。

 見たところ武器を携えている様子はうかがえない。肉体強化魔法を扱う拳士だろうか。


「あぁ終わった。彼女が来てくれることになったからな」

「この小娘が……か?」


 腕組み、不満を露わに眼光がこちらへ向く。竦み上がるような物騒な目付きだ。


「彼女は大陸随一の迷宮学者だ。予算を全て彼女の相談料に回しても足りない程の人物だよ」

「いやそんな大袈裟な……」

「へェ……そうかい」


 視線は見定めるような物へ変わり、私の身体を舐め回していく。

 目線が一周すると、彼は諦めたようなため息と共に目を閉じ、その双眸そうぼうは再びローレンヌへ。


「じゃあ俺がこいつを試して、合格したらそれでいい。不合格なら、こいつに回す予算は無ェ」


 試すってそれ、まさか肉弾戦でもする訳じゃ無いだろうな。

 ここは慎ましくお断りさせて――――。


「いいよ、彼女なら大丈夫だ」


 ロォーレンヌゥゥゥ!!!

 まずいことになった。肉弾戦となれば私が圧倒的に不利だ。

 取り敢えず一撃を食らうことは前提とし、先に詠唱を済ませる必要があるだろう。火は危険だ。水で何とか身を守れるように。

 焦燥で頭がパンクしそうな最中、彼は腕を組みながら口を開いた。


「一、グウィアの迷宮の固有種は?」

「え?」

「聞いてなかったか? グウィア迷宮の固有種だ。学者サマなら分かる筈だな」

「なんだ……試すってそういう……」


 ホッと一安心し、言葉通り胸を撫で下ろす。

 彼の言う試験とは、私が保有する迷宮に対する予備知識だったようだ。それならば、狼狽する道理は無い。しかと、分からせてあげようではないか。


「グウィルゲアですね。前脚に毒の爪、四級魔術士相当の炎を吹きます」

「ウェネイ迷宮の魔素属性は?」

「火が六、風が二、土が一。激しい魔力に弱く、乾燥しやすい。爆発事故が何度も起こってます」

「オース・スモ大迷宮のコアは?」

「正八面体です。迷宮の魔素圧力から奇跡的に生まれた形状で、迷宮学ではこれをエルドリア・ダイアモンド現象と呼びます」


 腕組みが解かれ、私の肩にその大きな手がぽんと乗せられた。


「合格だ、どうやら本物らしい。済まなかったな! ハッハ!」

「当たり前さ。アストラ女史は迷宮攻略における僕の師匠だからね」

「何でローレンヌさんが誇らしげなんですかね」


 誇らしげ語り出すアイビーを傍目に、禿頭の彼は肩に置いていた手を、握手を求めるように差し出す。


「俺はゼルクス・ウィルザード、"鋼の爪アイロン・クロー"のリーダーだ。今回は宜しくな、学者サン」

「はい、お願いします。迷宮環境学を研究してます、ティア・アストラです」


 ウィルザードに軽く自己紹介をした後、彼の背後にずっと控えていた同パーティーのメンバーにも、再び軽い自己紹介をする。

『鉄の牙』。五十名強の戦士たちで構成される、黄金等級の大規模パーティーだ。黄金等級は上から四番目。努力のみで達せられる限界とも言われている。

 リーダーのゼルクス・ウィルザードは、やはり私の読み通り肉体強化魔法を主とする拳闘士。冒険者界隈では、鉄拳ウィルザードの名でそれなりに通っているらしい。

 ウィルザードの類稀たぐいまれな統率力により率いられた屈強な戦士たちは、あらゆる敵を正面から叩き潰すという。

 尚これは、全てローレンヌより聞いた話。

 対する、私が一時的に加わった『黄金の順風』はバランスの取れた小規模パーティーだ。等級は同じく黄金。

 総メンバー五人。剣士であり、信仰による祈祷を扱う聖騎士のローレンヌを中心に、戦士、魔術士、斥候せっこう薬師くすし

 それぞれが確かな実力を持つ者らであり、仲も良く居心地がよかったと記憶している。リュールやルクシスは元気だろうか。


「それでは、アストラさん。一ヶ月後に」


 その後はとんとん拍子で話が進み、私も加えてもらえることになった。

 諸々の話が終わり、私はギルド前で手を振りながら、手配を予定している宿屋の元へ急ぐ。

 ロンドールへの出立は一ヶ月後。こうして私は、馬鹿みたいな研究費を掛ける事無く、ロンドールへの調査に赴けることとなったのだった。

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