第27話 もう願い事は叶わないけど

 「じゃぁ、家に戻って着替えてくるわ」

三夫は梨田にそう言うと、

「はぁ?遅れて来てんのにまだ待たせんのか?お前は社長か?」

「でも、さすがにこの格好じゃなぁ」

「冗談じゃなくて、農業系の会社とか選べよ。意外といいかもよ」

「まぁそうだな、しょうがねえ」

二人は幕張メッセを目指して中央線と京葉線で京浜幕張駅へと降り立った。

「すげー人だな」

「この人数が相手になるのか」

 農家の様な出で立ちで就活に来ている時点でもうアウトなのだが。

「中に入るか」

「おう!俺はこんななりだから、梨田の応援に回るよ」

「その格好ならすぐに農業系企業に内定貰えるからな」

 二人はお互いに笑って入場した。

 会場に入ると人の数と企業ブースの多さで圧倒された。入り口でパンフレットを入手していた二人はそれを見ながら

「おれはアパレル系に進みたいからそっちの方へ行ってくるぜ」

「おう!俺は適当にしてるから終わったら出入口な!」

 梨田はイケてる社会人風気取りなのか、顔を若干左に向いて右手の親指を立て、三夫にスーツ姿の背中を見せつけた。

「なんだ?あいつ」

 そう言いながらも、三夫は梨田を羨ましく思っていた。

「さて、おれもここに来たからには何かアクション起こそうかな。周りのみんなは自分の事で精一杯みたいだから俺の服装はよくわかっていないみたいだ」

 三夫は老人と過ごした日々を回顧した。

「結局こっちに戻って来れたはいいけど、紙も墨もじいさんの所に置いてきたな。でも、墨がないんじゃ元も子もない。しかし、失敗したなー!せっかくの墨汁を最後の最後にこぼすとは!我ながら情けない。でも、充実感は半端ないな。古代米も育てたし、墨汁も作れたし。願い事はこっちに戻れただけだったけど、いい経験になったな。って、ところで今っていつなんだ?」

 三夫は慌ててこのイベントの開催日を見た。

「ん?2022年3月25日かぁ。2022年だと?!俺があの爺さんと出会ったのは2023年の2月頃だったな、確か。その頃は梨田は内定貰ったような気がする。ん?ってことは、就活は始まったばっかって事?!」

 まさかの三夫に就活やり直しチャンス到来!未来のダメダメな結末が自分でわかってるだけに、猛然と各企業ブースに顔を出す。その中でまずは手始めにに有名アパレルメーカー「Camse de Mode」のブースに行ってみた。

<梨田はいるかな~>

 「受付を済ませた方は順にお呼びしますので並んでお待ちください」

とアテンドのお姉さんが声をかける。流石は有名ブランド、長蛇の列である。数分待ってると三夫の番になり、ブース内の机の前に通された。そこには男女二人が座っていて、一人はいかにもデザイナーな感じの中年男性。もう一方はモデルの様なスレンダー超美人女性。三夫は女性に当たることを必死に願ったが、案の定男の方。

「伊原三夫です!文政大学経済学部2年です。宜しくお願い致します」

「元気がいいねー!いいよ~ところでその服、どこで買ったの?」

 やっぱりそこ来るか~という感じが否めない中、

「じ、実はですね。い、家が、の、農家でして。じ、時間がないので、さ、作業着のまま来ちゃいました」

「そうか!家は農家か~家業は継がないのかい?」

「あ、あくまで手伝いですので。今日は、自分のいいところを見つけながら、お役に立てる企業様を探しに参りました」

「ほう、そうかね。大きな声じゃ言えないんだが、実はいま正に農家さん向けハイブランド商品を構想中なんだよ。君も運がいいねぇ」

「そ、そうなんですか。私の経験でお役に立てるなら・・・」

三夫は老人との経験談を正直にすべてその面接官に話した。

「いや~興味深い話だねぇ。ってことは米作りの苦労なんかもよくわかるんだ?」

「そうですね。ここにいる学生さんよりかは」

「ふーん、そうか。大体わかったよ。続きは後でだな。はい、俺の名刺ね」

「あ、ありがとうございました」

「また連絡するから」

「は、はあ」

 三夫はぺこりとお辞儀して首をかしげながらブースを後にした。


⇒最終話

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