第26話 三夫は一つだけ何を願うか

  三夫は願いを叶える紙切れを手に取り、その願いを書かんとする。だが、墨汁をこぼしてしまった今、それを実現する炭の量が約一筆分。三夫は迷い続けた。

「墨汁がこの量なら、紙に書ける願いは恐らく一つ。何を書くか。結局俺の望みは一体何だったのかな?何にためにここまでやってきたのだろう?だけど、炭を作っているうちに夢中になって望みなんてもうどっか行ってしまったみたいだ。仮に書いたとしても、現実としてここから脱出しないとならない」

そう決意した三夫は苦労して作った古代米の炭を筆先にちょいと付けて、老人からもらった願いを叶える紙を左手に持ち、こう書いた。

「ここから現代に戻る」

書き終わった途端、その紙が炭で真っ黒に染まり、燃えかすの様に細かく崩れ落ちると、そこから小さな青い渦が出現しみるみる大きくなって竜巻のように縦長になった。三夫はたちまちその竜巻に飲み込まれて姿が消えてしまっていた。


「痛ってえ!」

三夫は上空からどこかに落とされた。辺りを見回すと、見覚えのある光景が広がっていた。すると

「おい、三夫!何やってんだよ!おせーじゃねえか」

そう声をかけてきたのは、なんと腐れ縁の親友の有藤ではないか!

「お、おう!遅れて悪いな」

咄嗟にその場を取り繕った。

「おう、じゃねえよ!ってか、何だよその格好は。農家さんか!」

三夫は炭作りの作業着のままだったのだ。

「あ、これ?農業系の会社に興味があって、あはは!なんちゃって」

「意味がわからんな」

「てか、どこに行くんだっけ?」

「はぁ?お前まじで大丈夫かよ!これから幕張メッセへ就職合同説明会に行くんだろうが」

「あ、ああそうだったな」

三夫はようやく状況を理解した。そしてここがJR吉祥寺駅北口だということも分かった。


⇒第二十七話

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