第25話 やっちまったな!三夫

 暗闇ではあるが、三夫は自分の足に冷たい液体が大量に掛かっているところからみると、墨汁は茶碗から地面に流れ落ちほぼ残っていないと推測した。三夫は暫く足が冷たいまま暗闇で立ち尽くした。

「ああ、今までやって来た事が!まさに水の泡だ。ご老人、ご老人!」

 老人を呼ぶが、全く返事がない。

「え~いないのか?どうすりゃいいんだよ~」

 三夫は本泣きしそうになった。皮肉なことに、暫くすると辺りが明るくなってきた。

 三夫は本気で後悔した。ぬか喜びして余計なことをしてしまったからこういう結果になってしまった。いつもそうだ。あと一歩でうまくいかない。結果が出るのを焦ってしまうからだ。それは分かっている。でも、それが諸悪の根源なのだと。明るくなって足元を見た。案の定、茶碗は粉々。墨汁は全滅。おまけに老人も見当たらない。


 これからどうする?また一から墨汁を作り直すか?作成方法は知ってるが、時間が掛かりすぎる。例え墨汁が作れたとしても、ご老人が見当たらない以上、確実に墨汁ができる方法なんて分からない。とりあえず以前の環境に戻らねば。


 そうは考えてみたものの、老人の竜に乗ってこの辺鄙な山奥まで来たのだから、どこなのかがさっぱり見当もつかない。勿論スマホなど使えない。このままだと元の環境にも戻れない。三夫はふと振り向くと、後ろの土間に紙切れがある。その紙は老人の置手紙であった。

「わかいの、よくがんばったの。その墨汁で前に渡した紙切れに願いを書けばかなう様になるぞぃ。じゃが、ひとつ心配なことがあるのじゃ。古代米を焦がしたじゃろ?そうすると書いた願いがかなう時間が前後してしまう事があるのじゃ。じゃが、それもそなたの所業。そのこともよく考えて願いを書くのじゃぞ。さらばじゃ」

「ご、ご老人」 

三夫はその置手紙を握りしめて号泣した。感謝と自分の不甲斐なさから来るものだった。しかし、そうも言ってられない。この山奥から脱出しないといけない。三夫は粉々の茶碗を見直した。すると墨汁が数滴残っているのを見つけた。

「願い一回分くらいか」

 そう呟くと、老人から貰った紙切れを取り出した。


⇒第二十六話

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