第24話 三夫、墨を完成させる
老人に水をぶっかけられて起きた三夫は、あっという間に溜まっていた煤を藁から取り集めた。松の木片はまだ燃え残っているが、墨を作るのには十分な量が取れていた。
「この煤を昨日作った古代米の膠に混ぜて甕の水で溶けば墨汁の完成だ!」
三夫は喜び勇んで煤、膠、水を少し大きめの茶碗に溶いた。ぐるぐるとかき回すと、黒々とした墨汁が完成した。
「つ、ついに出来上がりましたね」
「うむ。しかし墨汁はすぐには使えん。一日寝かすのじゃ」
「そうですか。わかりました。明日が待ち遠しい!」
「そうじゃのぅ」
老人は白い顎鬚を触りながら呟いた。
夜になった。三夫はふとこれまでを布団の中で振り返ってみた。
「近所の公園のフリマでこのご老人と出会ったっけ」
老人から紙切れを貰い、その紙には書いたものが現実になる効果を知ったが自分でやってみても何の効果もない。老人に問い合わせて専用の墨汁が必要という事でここまで来て、波乱はあったものの漸く墨汁を完成させた。
「いろいろあったな~、どれだけ時間は経ったろうか。古代米まで育てちゃったから1年以上か。就職云々の話じゃなくなったな。まぁ、いいや。どの道就職なんて無理なんだし。明日起きれば墨汁が完成して、老人から貰った紙切れに願いを書けばいいだけだな。明日が待ち遠しな」
そう思うと、三夫は気分が高揚して寝付けない。何度も墨汁の様子を見に行った。しかし何かがどう変わっているという訳がない。三夫にはなかなか夜明けが来ない、と思われた。この山奥には時間の概念が存在しない。基準は太陽の昇降のみで、何時なのかという認識が出来ない。だから、どのくらい経つと日が昇るのかがわからない。三夫はやきもきし始めた。
「うーん、一日置くってやっぱり朝までだよな。しかし、いつになったら朝になるんだ?早く日が昇ってこないかなぁ。この墨汁、ほんとにちゃんとできてるのかな?」
茶碗の中の墨汁はまだよくなじんでない様子で、煤が下に沈んでいた。
「こんなんじゃ、ちゃんとできないだろう」
三夫は茶碗を前後左右に揺らし始めた。茶碗はまあまあ重い。その時、三夫の手から茶碗がするりと滑り落ちた。
「あ!」
ガチャンという音とともに暗闇の中、墨汁が地面に飛び散った。茶碗には墨汁はほぼ残っていなかった。
⇒第二十五話
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