第17話 三夫、墨汁を作る

天馬なる馬のぬいぐるみに跨って飛び立った老人と三夫は、皆目見当もつかない山里で着陸した。

「おいお若いの、着いたぞい」

まだ早朝のため、辺りは静まり返っている。鳥のさえずりだけが澄み渡って聞こえ、鬱蒼と茂った竹林だけが目前に広がっている。

「ここはどこですか?」

「わしの工房の近くじゃ。これからこの竹林の中を歩いていくのじゃが、そうじゃの小一時間くらい歩くかのぉ」

「え?1時間も歩くんですか?」

「そうじゃ。なぁに辺りを見回しながら登ってゆけば直ぐじゃ」

「はぁ」

〈とんでもないところに来ちゃったな〉

「コンビニなんてないですよねぇ」

「なんじゃ?そのコンなんとかとやらは」

「いえ、なんでもないです」

「よし、出発じゃ」

老人はそう言うと徐ろに竹林の中に入っていく。

「わしから離れたら街場には帰れんでのぉ。かっかっか」

〈いや、笑い事じゃないでしょ〉

三夫は渋々老人の後をついていく。

ひたすら竹林を歩いていくと、小さな掘っ立て小屋が見えてきた。

「おお、あれじゃ」

「ずいぶん年季がはいってますね」

老人と三夫はその小屋へと入っていった。

「ようやく到着ですね」

「どうじゃ、案外近かったじゃろ?」

「どうでしょう?時間というより疲れました」

「今から何を言っとる!墨づくりはもっと大変じゃぞ」

「え~」

<こんなつもりじゃなかったのに>

三夫は若干この小屋に来た事を後悔し始めた。だが、墨を作ってあの紙きれに書いて貼れば自分の思う通りのものが作れることと天秤に計ったとき、現時点では墨を作ることの方に重心が置かれていた。

小屋に到着するや否や、

「さて、墨づくりじゃがのぉ」

と唐突に老人が口走った。


⇒第十八話

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