蔦と肉塊

 色とりどりの美しい花冠を被った、優しい茶髪の少女にしか見えない異常個体。見ているだけならば、ただ花畑で遊んでいるような優しい少女にしか見えない。しかし、レーダーが指し示す異常個体の場所を見れば、彼女が異常個体なのは疑いようががなかった。要するに彼女は機械生命体の筈である。しかしその容貌には、彼等の特徴である金属で出来た外装は見当たらなかった。本当に人間みたいだ。周りには5体程の中〜大輪の花々が浮かんでいる。どれもこれも人型で、やけに大人しい。さながら機械で出来た妖精と、それを従える生きた女神のようだ。


「貴女も、私達を傷つける方なのですか?」


突然、目の前に立つそれが口を開いた。


「貴女も、私達を『敵』と見做して攻撃しますか?」

(ありえない……!)


 今まで、近接武器を交えた事はあれど、対話なんてしたことも仕掛けられた事も無かった。ただの討伐対象だった筈だ。その筈なのにこちらに話しかけてきた。人間のように。


(一応対話には応じるか…?何が目的なんだ、一体…)


「お前、敵対生命体だろう?何故攻撃してこない。」


「対話をした方が傷つかなくて済みます。ならば、対話の方が良いでしょう?それに敵意なんてないですし……それにしても貴女ってお話しを聞いてくれるんですね!他の同じような方々にお話ししようってしても皆攻撃して来たのに……けど、貴女は話を聞くんですね。嬉しいです。」


「死にたくなんかないからな。それと……いやなんでもない」


「そうですか。死ぬのは嫌ってとこには賛成です。死んだらそこでおしまいですもんねー、私も死にたくなんてないです。」


「ところでお前は数々の取り巻きがいるようだが、なぜだ?普通の花は、群れない筈だが……」


そう質問すると、彼女は恐ろしい答えを無邪気にも顔を輝かせて返して来た。


「あぁ、彼女達ですか?彼女達は話を聞いてくれなかったんです……完無視でこちらに攻撃して来ました。私だって出来れば手荒いことはしたくないんですけど……仕方がなかったので、話を聞いてくれるようにいろいろしたんですよね。」


「詰まる所、それら……いや、彼等は元々人間だった……のか?」


「今も人間ですよ?いやまぁ、姿形は変わりましたけど……ちょっと出来る事が増えたくらいで……ね?」


「眷属に変えたのかっ!?」


「眷属?いやいや……まぁ、正当防衛のついでに頭を冷やして貰っただけですよ?」


(バカかっ……!)


 目の前の花は故意に人を同類に出来るようだ。この個体は眷属……要するに人を化け物に変えたものを自由に、個人の意思で作れるという事だ。


(『頭を冷やして貰っただけ』!?人を異形の機械にして?)


 多くの場合は事故だ。理由も分からず侵食されて、結果そうなってしまう。けれどこの個体こいつは違う。話ぶりから察するに、アルスケットもとっくにその『眷属化』の射程に入っていたようだ。この後死にたくないのなら適当に話して、さよならを伝えてこの場から颯爽と去るべきだろう。けれど、もう後には戻れない気もした。戻っても、敵対したとみなされて同じ末路を辿る可能性が十分にある。常にそういう時は理不尽が起こる可能性がある。

 どうしようか考え込んでいるところにもう一人、しかしレーダー曰く目の前の奴のように機械ではない、人が来た。彼女も又飛びすぎてしまった同志だろうか。


「先輩?どうしたんですか…?私もここ何処だか分からないんですけど……何処だか分かったりしますか?」


よく分からない敵の前で無闇に背中を見せる訳にもいかず、顔も目も見ずに返答する。


「残念ながら、私も迷ってしまってな……こんな状況だ。」

「そうですか……どうしましょうかねー、司令部に連絡して場所探してもらう方が良いですかね?ってわ!?異常個体!?」

「こんにちはーっ!貴女も友達になりません?」

「なっ、なる訳無いでしょう、化け物めっ!えーと、えーとっ!交戦します!交戦っ!」

「おい!バカっ!やめろっそいつは……っ!」

「そうですか………」


一瞬、茶髪の少女きかいは悲しげな顔をした。


 後輩が攻撃を始める間もなく、悲劇は訪れた。攻撃しにかかった彼女。一瞬で彼女は異常個体の花冠からうごめき、這い出てきた緑色の蔦に絡みつかれ、包み込まれた。中から、定期的に悲鳴、喘ぎが聞こえてくる。助けを求められている気もするが、なす術もない。ぐしゃっという音がしたのを最後に蔦が引いていく。すると中から、機械と肉体で構成された、よく見るような花が出て来た。また一人、死んでしまった。とうとう顔を見る事も無かった。

 同じ末路を辿りたくなんか無い。みるのも辛い。


 半ば悲鳴にも近い撤退を本部に告げ、急いでその場から飛び去った。目の前であっさり人が異形になった。それは彼女の精神に大きな打撃を与えた。目を瞑ればあの『頭を冷やす』光景が瞼の裏に浮かぶ。脂汗が滲み出て、気持ちが悪い。

 本部に着くや否や、指令が何か言おうとするのも気にせず急いでアルスケット自身の部屋へと戻って、しっかり鍵を閉めた。留守番をしていたキューグルが、スリープモードになっているのが目に入る。こうなる隊員は実際前からよく見かけていた。その時はこんな体験なんてしたことがなかったからその人の気持ちなんて分からなかった。けれど今は嫌な程にわかる。眩んでしまうような光景を見て恐怖に支配されるこの感じ…成程、よくあったら正気を失ってしまいそうだ。


「何をそんなに怖がっているのです?」


誰もいるはずのない部屋の片隅で、後ろから声がした。


「目の前で人が人じゃなくなったら誰だって…って…?」


司令の声でも無い、キューグルの声でも無い。


「私、やっと話せる人に出会えて嬉しかったんです」


聞き覚えのある、荒野で聞いた声。ここで聞こえる筈のないあの声。


(幻聴か…?いや、きっと幻聴だ…ここに奴がいるなんてこと…)


「面白そうなので、ついてきちゃいました」

振り返ったら後悔する。アルスケットの脳内で警鐘が鳴り響く。止められない。静止を振り切って振り返った視線の先にあいつはいた。ここにいてはいけないアイツが。人を異形へと変える、花冠異常少女個体が。

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