第5話

今までの経験上、この世界では幸、不幸があまりにもはっきりしていることがわかっていた。


ある日、私がいつものように服を売っていた。

この日は4人で別々に行動し、少し離れた場所まで服を売ることになっていた。


ある老婆が私が持っているワンピースが欲しいと言った。

私は値段を伝え、ワンピース畳んでいたその時だった。


頭から冷たい何かが頭から流れ落ちてきた。

頭の上で卵を割ったように。


「アッハハハハハハハハッッ!!どうだ?小娘よ、お前のその笑顔を消し去ろうでは無いか…!!」


その冷たいものの正体は熱湯だった。

私はもう熱さも感じず、ただただ、痛かった。


「ぐぎゃあぁああああああああぁぁぁぁ」


痛くて痛くて、何も見えなくて聞こえくて、私は意識が朦朧としていた。


ああ、もう終わりだ。

おしまいだ。


なんで私ばっかり…。


…………………………………………………



「んとうに酷い。酷い。こんなに可愛らしい女の子をこんな風に…!!」


あれ、ここは…


「あのばばあ、くそやろう、くっそやろう」


「リニーリニーリニー?リニー!」


「ああお嬢ちゃん…」


何も…見えない…


「っあぁ…」


なんとか声を出せたが、喉が上手く働かない。


ぼんやりしていて、まだ何も感じない。


「レニー!?レニーー!!」


急に辺りがざわついた。


「おお、レニー!!ほらエマ、レニーが起きたよ!!」


「リニー!!」


「はあ、騒がせやがって。」


その時、私は急に上半身が痛くなった。

もう痛すぎて、痛すぎて、どこが痛いのかすらよく分からなくなってきた。

息をするのでさえ辛かった。


「さぁさぁ水を飲ませましょう!」

___________________________



良いニュースがふたつ。

1つめ、犯人は現行犯逮捕で今は尋問中。

2つめ、私が本来なら生きることすら難しい程の火傷を耐え抜いた。


悪いニュースもふたつ。

1つめ、今回の騒動を国に知られてしまったこと。

2つめ。

このただれた顔は永久に戻らないこと。



神様は私から何もかも奪ってきた。

もう本当に何も無い。

本当にない。


何も無い。

空白だ。、空洞だ。、


そんなのって嫌だよ。


どうして、どうして、なんで私なの。



兵によると、あの老婆はかつてはいじめられっ子だった。

その時に彼女をいじめていた人の顔が私に似ていたらしい。

そして、混乱してたまたま近くの屋台でスープ用の熱い水を私にかけた。

老婆もそのせいで手を完全に無くした。


やっぱり私はいじめっ子…?

嫌だな。


寝込んでいる数日間、何度も包帯を変えた。

何もしていない時や痛みはもう慣れた。

しかし包帯を変える時の痛みは想像を絶するものだった。


生きることに絶望しかけた。

もう何も無いのだからこのまま死んでしまえばいい。

だけど、包帯を変える間少しだか目が見える。目の前にはエラルナや端にちょこんっと座っているエマ、ジョー、レオ、作業員達。


人は失ってもまた得られるのか。


私は眠りにつく直前そんなことを考えていた。



そんな絶望の淵にいた私を少しでもましにしてくれたのはとある情報だった。


それは私が退院してから2ヶ月したくらいの話だった。

私はこの二ヶ月間、真夏だと言うのに顔にスカーフを巻いてすごし、ただれた皮膚の上にさらに出来物が沢山あった。

いくら死にたくても、服を売ることはやめなかった。


エラルナから顔を作り直せるという話を聞いたのは私がスカーフを外して鏡の前でため息をついているときだった。


「山の向こうに一軒家があるんだ。そこで奉仕をすれば顔を元通りに出来るかもしれないらしいんだよ。」


私は急に自分が恥ずかしくなった。


確かにあの老婆が全ていけないのだが、私がここで嫌な感情を止めなければ他の人にも迷惑がかかる。

この情報はおそらくエラルナがたくさんの人に当たって聞いてくれたのだろう。


「エラルナさん…ありがとうございます…」


私は感謝するしか無かった。


この方にはたくさんのことを隠していて、孤児の私にこんなに優しくしてくれて…


もうこれ以上迷惑をかけじゃダメだ。


「でも私、行きません。まだまだやることがあって…服をもっと売りたいし、何よりもエラルナさんたちに迷惑をかけたくないんです。」


私は本心を打ち上げた。


次の瞬間。


頬に大きな痛みが走った。

私はその力によって横を向いてしまった。


「自惚れてんじゃねぇよ!!お前がいてもいなくてもこの家はどうってことねぇ。迷惑迷惑ってよく言ったもんだ。お前が毎日クヨクヨしてる方が、よっぽど迷惑だ!!私はお前が何をしたいかは知らない。でも、それを成し遂げるためには進み続けるしかないんだろ!?

諦めるな!!!逃げるな、立ち向かえ!」


荒い鼻息が聞こえた。

しばらくしたらその音はドアの向こうに消えた。


私はそのままぐったりして、椅子に座ったまま、考えていた。


朝まで考えていた。



「エラルナさん。」


台所にいた彼女を呼んだ。


私は緊張していた。


「なんだい?」


エラルナも昨日と違って優しく微笑んでいたが目は緊張していた。


「私、決めました。」


自分の部屋以外でスカーフをとったのは初めてだった。


「顔を変えます。私は別の人に生まれ変わります。」


エラルナの緊張した目はすぐに驚きの目に変わった。


「私…私はこのまま生きていくことはできません。」


火傷をおった日、すぐに国に通報されたため、もう国、つまりは貴族たちは私の居場所を知っている。

しかし、病院に口止めさえすれば、国は私が生きているか知らない。

事実、街の人も私がスカーフを巻いているため、薄々それが私だと気づいているが、完全に私であることはわからない。

___________________________


「そのため、

彼女は死んだことにしてくれ…!!!」


エラルナと一緒に私も頭を下げた。


「うーん、しかし、国を相手にするのはな…」


言うとこは最もだ。

私だって貴族を初めとした国と敵対しているからよくわかる。


「でもっ、まだ国の方はいらしていないんでしょう?」


私は初めて院長と目を合わせた。


「ああ、まだ来ていないな…だが、今や君の話は大変噂になっている。来るのも時間の問題だな。」


それは私も知っていた。

私が退院した時には皆、私にもう関心がなかった。

しかし、少し前にある実力者が、老婆を死刑にした方が良い、というコメントを出したため、実力者のファンを初め、段々大きな噂になってきていたのだ。

「だから、私は死んだことにして欲しいのです。国に知られる前に。」


自分でも言っていることはめちゃくちゃだとわかっている。

だが、ここさえ通ればもう怖いものはない。


「うーん、君は一体何故身分を捨てたがるのかい?何かやましいことでも隠しているのだろう。」


やはりここにたどり着くか。


私は用意してきた言い訳を感情を込めて言う。


「 実は私の母はとても美しい人でした。多くの男性に言い寄られ、全員断っていました。

 そしてある日、とても素敵なネックレスを見つけたのです。そのネックレスはとてもとても綺麗で、多くの男性を断った母であるのに惚れ込んでしまう程の美しさでした。

 ところが、聞けばそれは母の通っていた学校の陰キャ…いえ、えーと目立たぬ生徒の忘れ物だったそうです。彼女はその目立たぬ生徒にこのネックレスをもらえないかと尋ねました。

 その頃母は頼めばなんでもしてくれる暮らしをしていたため当然のようにもらえると思っていました。しかし目立たぬ生徒はそのネックレスは自分が何日もかけて作った傑作だと言い、譲ることはできないと言いました。母は驚きましたが、同時に自分の好きなものを作った生徒に関心を持ちました。

 やがて二人はアクセサリーを通して話すうちにお互いが惹かれあって結婚しました。ところが、ネックレスに使っていた宝石は戦争中の相手国の産物で父が持っていてはならないものでした。そこで父は連行され、母は幼い私を捨てました。私はもうじき国に捕まります。なぜなら父は連行される直前私の胸に宝石を埋め込ませたのです。

 ほら、ここ硬いでしょう?だから、一度噂になれば私は捕まります。そのためどうか私をお助けください。」


嘘は長く淡々と関係のない事もいれて話すのが良いことは前世から学んでいる。


そして最後に仕上げとして目を伏せ下唇を噛めば完璧だ。


ちなみにこの話は連行されるまでは前世の私の家庭事情だ。


あと胸の硬いものはまだ育ちきっていない証の胸のしこりを使ったが、男の院長は触ってこなかった。


「うーん、そうか。ちなみに君のお父さんはきちんと金を払って宝石を買ったんだろうね?」


ここでは少し感情を入れよう。


「まだ私が生まれていない頃の話なので、正解は知りませんが、父はきちんとお金を払ったと言っていますし、高額な取り引きのため、私は持っていませんが領収書もあります。何よりもあの父が金を払わない訳…もしかして盗んだとでも言いたいのですか。」


ギロリと睨むと、院長はため息をついてからコクリとうなずいた。


「うんわかった。言わないでおこう。ただし私や私の家族に被害が及ぶ場合はすぐに生きていることを言うよ。」


やった。


私は持ってきた革袋に手を伸ばした。


「端金ですが、受け取っていただけると嬉しいです。」


これらの金は私の給料とエラルナからもらった金だった。


「ああ、いやいや、あーまあお言葉に甘えさせてもらうよ。」


このことは一件落着。

あとは山の家を探さなくちゃ。


私は久々に燃えてきた復讐心を抑えるのに苦労していた。









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