第8話 漂着


 早朝、少しじめっとした風が流れる。嵐の後の砂浜はあらゆるものが漂着する。

 ずんずんと浜辺を歩くそばかすの少女、黄ばんだ歯を覗かせた。

 少女は近くの村からやってきた。ライバル達が現れる前にと「漁り」に早起きしたのだ。普段の彼女ならこんな時間に起きてはいない。


 大きな鞄を斜めにかけ、意気揚々と浜辺を見て回る。そこに人の足跡はなくにんまりと人の悪そうな笑みを浮かべた。気分を良くしたのかひゅーひゅーとぶきっちょで掠れた口笛を吹き練り歩く。そのうち足取りはぎこちないスキップに変わる。


「豪華客船かー金をたんまりと積んだ船を難破せいっ」

 ぴょんっと両足で跳ねた。そこは波打ち際でぴしゃんっと砂混じりの海水が頬に跳ねて嫌悪の顔を浮かべた。

「ああ、汚いったら」

 砂混じりのそれを雑にふき取るとふんっと鼻を鳴らした。そして再び浜辺を歩く。

「うん、あれは......?」

 きらきらと七色に輝くわかめの様なものを見つけて駆け寄った。しかし正体を知ってげえっと舌を出した。

「ア゛ぁ゛ッ、一番最悪なやつ、ひきあてたわ......」

 こんなことなら来るんじゃなかったとぼやいた少女。二つの遺体。それもまだ成人していなさそうな子供。金など持っていないだろうと落胆した。

「あれ女の子の方はあれだけど、男の方は綺麗な格好だしすごく美男じゃない。やっりぃ、もしかして王子様だったりして。あなたを救ったのは女神様を悩ませる人魚じゃなくて、あなたの信者である私ですわぁ~」

 そう言いながら男の首元に輝くブローチに手を伸ばしていた。女の子を抱えているせいで単純に取らせてくれない。僅かな隙間をぬって――ヒンヤリ、触れたっ!

「よっしゃ、やりっ」

 ――ガシッッ!!

「ひぃっ」少女は悲鳴をあげて手を振り払い尻もちをついた。バタバタと、人に見つかったネズミのようにみっともなく逃げていく少女。

「ち、ちくしょうっ生きていたのかよッ」

 悪態を何度も吐きながら、少女は村に急いで戻っていった。もし貴族のものに手を出したと知られれば無事にはすまないからだ。



 カインはごほっと海水を吐き出すと、ラーナの頬を叩いた。

「ラーナ、ラーナ」

 私は、ぼんやりと重たい瞼を開いた。水色の光が三つもきらめいて目を覚ました。きょろきょろと辺りを見渡した。砂だらけでカインに抱きかかえられている。カインの頭にはわかめが乗っていて......

「あれ、足が治ってる」

 私は確かに切り付けられた足を撫でた。

「はぁ、よかった......」

 深くため息をついたカイン。頭の上のわかめにこっそりと手を伸ばす。

「何をしているんだラーナ」

 びくっと手が震えた。私はそっとわかめを取ると自分の頭に乗っけた。

「こんな風に頭に乗ってました」

「......」

 ぽたんっ――カインの髪から雫が落ちた。

「ぷふっ」

 それから壊れたようにお腹を抱えて笑い始めた。カインに指を差されてむっとした。馬鹿にされた気がしてますます頬を膨らませた。

「あははっ、まるでふぐみたいだっ」

 すんっと心が冷えた。

 急に海が冷たく冷たく感じた。ふるふると身を震わせる。ゴルディー達が急に恋しくなったのだ。海の中、きっと彼らとは遠かったのだろう。実は彼らに会えるのではないかと期待していたのだった。

「――どうした、笑ったのを怒っているのか」

「いいえ、海のお友達に会えなかったのが残念に思ったのです」

「そうか」そう言うと、私の頭を胸に引き寄せてポンポンと優しく叩いてくれた。

「お兄様、どうして海に落ちてしまったのですか」

「それは私も聞きたいな。そしていつの間にか、お兄様と呼んでくれるのか」

 私はカインから慌てて離れると自分の口を手で塞いだ。

「ふふ、別に本当の妹でもなくても兄と呼んでくれても構わない」

 カインは私に向かって手を伸ばした。

「ふう、どうやら力が出なくてね。引っ張り上げてくれるかい」

 私は大きく頷くとカインの手を取った。ぐいっと引っ張ると簡単に立ち上がって驚いた。私は顔をぎゅっと真ん中に寄せるとカインに言った。

「本当は一人でも起きれたんでしょう」

「まさか、私だけだったら――まだ浜辺で寝っ転がっていたよ。ありがとう、ラーナ」

 カインは私の頭を撫でた。

「他のみんなは無事かな、うちには結構過激な人が多いから」

「過激」という言葉に私はカインを睨んだ。

「私、斧の人に殺されそうになりましたッ」

「えっまさか」

 その辺にあった枝を取ると、ぶんぶんと振り回す。

「本当です。私が来たからこんなことが起きたんだって」

「そいつの特徴は? どうなった」

「えっと、真っ黒に焼けた人で――斧を持ってた腕に不思議な模様があったよ」

「どのようなものだった」

「えっとね......」

 とっくに放り投げた枝の代わりを探している時だった。近くにあった赤ん坊が入りそうなほど大きなバックを拾い上げ、端の刺繍を指さした。

「こんなねぇ、蛇にばってんしたようなマークだったよ」

 私はカインが返事をしないことを疑問に思って顔を上げた。

 真っ青だった。完全に血の気がひき、化け物でも見たように目に恐怖の色が浮かんでいた。鞄を乱暴に掴むと遠くに投げ捨てた。はぁはぁっと大きく肩で息をするカイン。

「――ッ! す、すまない。これは、その。良くない奴らのものなんだ。私たち、というか人魚にとっての敵なんだ。元は人で遊んでいた先祖がいけないんだが。ともかく早くこの場を離れよう。この辺りは巣窟かもしれない」

 カインは険しい顔のまま、私を引きずるように歩き始めた。後ろを振り返った。鞄は海面に浮かび、海も嫌がっているように打ち上げられた。ぺっと果物の種を吹き飛ばすように追い出された鞄。

 一体、あの鞄に何があるのか。

 私は全く分からないことだらけで、不安でいっぱいだった。頼りのカインが荒れた海のように不安定で私は船。どうすることもなくただゆらりゆらりと揺れるばかり。それから二人だけの長い長い旅が始まるのだった。






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