第3話 瞳の奥にあるもの
黒沢さんが指さす黄色の電動スクーター。小柄な車体は原付だと思うが一台しかない。もちろん二人乗り用のシートもない。彼女はそのままスクーターにまたがりキーを差し込んだ。
「さあ乗れ」
「乗れって何処に?」
「ここだ」
黒沢さんが指さしたのは荷台だった。まさかここに座れと?
「あの? その車両は二人乗り禁止なのでは?」
「気にしなくていい」
彼女は暢気にヘルメットを被る。
「僕は?」
「ノーヘルに決まってるだろ。女子優先だ」
女子優先……何かが違う気がする。僕はオドオドしながら荷台に座った。
「落ちるなよ」
その言葉と同時にスクーターは猛ダッシュを始めた。エンジン音や排気音はない。電動だから当たり前なんだけど、それにしても速い。これは多分、中型バイク並の出力があるんじゃないのか? だって、普通の四輪車をバンバン追い越しているんだから。
僕は振り落とされないように、もう必死で黒沢さんに抱きついていた。本当なら女の子に抱きつくだけで脳が沸騰して頭がおかしくなると思うのだけど、今はスピードへの恐怖で何も考えられない。
一般公道を100キロ以上で走るなんて信じられなかった。黒沢さんの運転するスクーターは川沿いの県道を上流に向かって突っ走っていく。そして河川公園にたどり着いた。ちょうどサッカーができるくらいの広さがあるその公園は、春になると数十本の桜が咲く大変綺麗な花見スポットだ。しかし今は二月。付近に誰もいない。
黒沢さんはスクーターのイグニッションを切り、サイドスタンドを立てた。
「霜川、そろそろ放してもらえないか」
その一言で気づいた。僕は黒沢さんの背に思いっきり抱きついたままだったんだ。
「ごめん」
それだけ言ってから僕は彼女から離れた。スクーターの荷台から降りて二歩ほど下がる。黒沢さんもスクーターから降りてきて僕の顔を覗き込んだ。
「ほほう。情報通りだな」
「何の事?」
「貴様の目だよ。作り物の目」
作り物の目?
僕の目が義眼だって事?
「信じられないようだな。ほら、見てみろ」
黒沢さんは手鏡を取り出し僕の眼前に突き付けた。当然、僕の右目がアップで映っている。
「よく見てみろ。虹彩の部分が機械部品だ」
僕は自分の瞳をじっと見つめる。虹彩の部分はシャッターのような機械部品だったし、その奥にも何重かのレンズが前後に稼働しているのが見えた。
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