十四話

 シシリーが村を出る数時間前――


 辺りが夕闇に染まろうとする薄暗い中で、領主の館の玄関前には待ちあぐむ三人の人影があった。


「……キャスバート、やはり出直したほうがいいと思うんだが」


 腕を組んだディクソンが少し困ったように言った。


「私もそう思う。何時間こうしてるの? いい加減疲れたわ」


 腰に手を置き、息を吐きながらハリエットも言った。


 自信と覚悟を持ってやって来た三人だったが、シシリーが言った通り領主はおらず、館は留守だった。そのうち帰って来るだろうと高をくくり、予定通り待つことにした三人だったが、昼を過ぎても、夕方を迎えても領主の姿は現れず、日が落ちた現在まで長く待つ状況が続いていた。ディクソンは夕方の時点で、日を改めようと一度言ったのだが、キャスバートに強く反対されたため、引き続き待つことにしたのだが、身体的な疲労がさすがに否めない。若いハリエットも、何もせず、ただ待つだけのことだが、首を回したり、しゃがみ込んだりと疲れた様子を見せていた。ここは出直したほうがいいと思う二人だったが、キャスバートだけは首を横に振る。


「駄目だ。待たないと。シシリーの安全のためなんだから」


「それはわかってるけど……」


「こんなに暗い時間にお話をうかがうのも失礼だ。昼間のご在宅の時間に――」


「ディクソンさんは、自分の娘が大事じゃないんですか?」


「馬鹿な質問をするな。大事に決まってるだろう」


「僕だって同じです。シシリーは大事な友人で、恩人なんです。そんな彼女を危ない目から守りたいだけです」


 真剣に言うキャスバートに、ディクソンは困惑を見せる。


「まだ危険かどうかはわからない。それに、話ができなかった今日は、シシリーを帰すことはしない。まあ、本人は反発するだろうが……」


「そうよ。村にいる間は一応安全ではあるわ。時間はあるんだから、焦ること――」


「騙されてるって、シシリーに早く教えるべきだ。じゃないと、勝手にここに戻って来るかもしれないし、そうなったらあの怪物が何をするか……」


 キャスバートは窓から見えた鳥の怪物を思い出し、眉をひそめる。


「ハルも一緒に見たんだからわかるだろう? あんな恐ろしい怪物を甘く見ていいと思う? 一秒でも早く領主様の口から話を聞くべきだ」


 鼻息荒くしゃべるキャスバートを見て、肩をすくめたハリエットはディクソンと顔を見合わせた。


「……では、もう少しだけ待とう。一時間……それが経ったら、また明日にしよう」


「一時間なんて……じゃあ僕だけここで待ちますよ」


「キャス、あなた一人で領主様と話す気? それこそ危険じゃない。ディクソンさんがもう少し待つって言ってくれたんだから、足並み揃えてそっちも妥協しなさい」


「だけど――」


「口答えはなし! いいわね」


 ぴしゃりと言われ、キャスバートは渋々頷くしかなかった。


「よし。それでいいわ。じゃああと少しだけ待ってみま――」


 そう言いながらハリエットが館の玄関に目を向けた時、その小さな異変に気付いた。


「……ねえ、何で扉が開いてるの?」


 その言葉に男性二人の目も玄関に向けられる。


「え……本当だ」


 キャスバートも驚きながら呟く。先ほどまで閉まっていたはずの玄関扉は、今はなぜか手が差し込めるほどの隙間を作って開いていた。


「来た時は鍵がかかってたはずだが……」


 ディクソンは不思議そうに扉を見つめる。館に着いた昼間、ディクソンは本当に留守かを確かめるため、扉の取っ手も引いていた。その時はしっかりと鍵がかかっており、開くことはなかったのだが、どういうわけか、今はその鍵が開けられている。


「誰か、中にいるの……?」


 ハリエットは館を見上げるが、どの窓にも灯りはなく、人の気配は感じられない。だが誰かが館にいるとしか考えられなかった。三人は長い時間玄関の前で待ち続けていて、扉に近付く者がいれば当然気付くはずなのだ。しかし三人の前には誰も現れてはいない。となると扉を開けたのは、館の内部にいる者……。


 すると、呆然と立ち尽くす三人の目の前に、小さな黒い影が音もなく現れた。


「……黒猫?」


 見つめる三人の視線も意に介さず、黒猫は長い尻尾を立てながら玄関に向かうと、開いた扉の隙間から中へ入って行った。


「セーヤーズ様の飼い猫だろうか……」


 誰ともなしにディクソンは聞くが、答えられる者はここにはいなかった。静寂の中、次の行動をためらう三人だったが、そこから最初に動いたのはキャスバートだった。


「……キャス? どこ行くのよ」


 キャスバートは消えた黒猫を追うように、ゆっくりと扉に近付いて行く。


「誰かいるんだ。呼んでみよう」


 扉を押し開くと、キャスバートは暗い玄関広間の前に立ち、口を開けた。


「こんばんは! どなたか、いますか?」


 大きな声は廊下を伝わり、館内に響き渡る。だが人がやって来る気配も返答もない。


「誰もいないみたい……」


 ハリエットは玄関から中をのぞき込み、言った。


「じゃあどうして扉が開いたんだよ。……きっと、居留守を使ってるんだ」


 そう言うとキャスバートは館内へ足を踏み入れた。


「キャスバート、待ちなさい。勝手に入るのはよくない」


「キャス、領主様が帰って来たら叱られるわ」


「その領主様が居留守を使ってたら? 待つよりこっちから見つけたほうが早い」


 制止も聞かず、キャスバートは一人で暗い廊下を進んで行ってしまう。


「ちょっと! 待って……もう!」


 言っても止まらないその後を、ハリエットは小走りに追いかけて行く。ディクソンもそんな二人を放っておくわけにもいかず、追うしかなかった。


「キャスバート、すぐに引き返すべきだ」


 先を行く背中にディクソンは言った。


「僕は人を捜します。嫌なら二人は外で待っててください」


「待てないわよ。ここには怪物がいるのよ? もしそいつと会ったらどうするのよ」


「そうなったら好都合じゃないか。本当に怪物がいたってディクソンさんにわかってもらえる」


「何悠長なこと言ってるのよ。怪物に見つかったら私達、どうなるか……」


「だから怖いなら外で待ってていいよ」


「キャスが戻らないなら、こっちも戻れないわ。ねえ、領主様が帰って来る前に――」


「あっ……」


 その時、キャスバートは何かを見つけ、足を止めた。


「……ど、どうしたのよ」


「今、廊下の先に、人影が見えた気が……」


 そう言ってキャスバートは静かに直進して行く。


「人影? そんなの私には見えなかったけど」


「ちらっとだけど、確かに……」


 廊下を進み、角を曲がると、キャスバートの足は再び止まった。


「あっ、ほら」


 視線の先をハリエットとディクソンは見やる。と、暗い廊下の奥を、確かに人影らしきものが動いているのが見えた。しかしその影はすぐに角を曲がり、見えなくなってしまった。


「やはり誰かいるのか」


「早く呼び止めないと、私達、不審者扱いされちゃうわ」


 三人は廊下を急いで進み、人影を追って角を曲がった。


「……あれ? いない……」


 だが廊下の先にはもう人影はなかった。


「どこかの部屋に入ったのかな」


「手分けして捜そう。ここはたくさん部屋があるみたいだから」


 三人はそれぞれ近い部屋に入り、誰かいないかと捜し始めた。灯りがないため、暗い中ではあまり目が利かず、つまずかないよう手探りを交えながら捜していく。


「誰か、いますか……?」


 ハリエットはいるかもしれない人物に声をかけながら、古い紙とインクの匂いのする部屋に入った。


「これは、全部本棚?」


 天井に届きそうなほど大きな本棚をいくつも眺めつつ、ハリエットは部屋の奥まで見て回るが、ここには誰もいないようだった。そうして部屋を出ようとしたハリエットだったが、窓からの星明かりに照らされた本棚を見て、ふと動きを止める。


「領主様って、どんな本を読んでるんだろう……」


 小さな興味が頭をもたげ、その目はずらりと並んだ本に向けられた。分厚い本ばかりで、そこに書かれた題名も堅苦しいものが多い。何かの専門書なのか学術書なのか、ハリエットはそんな印象を受けた。だがその中に魔術と書かれたものを見つけ、首をかしげた。急に非現実的な言葉が現れ、ハリエットには大きな違和感を覚えさせた。


「こっちにも、ある……」


 視線を動かすと、別の列にも魔術と書かれた本を見つけた。よく見れば隣や下にも、魔術に関すると思われる本がいくつも並んでいた。領主様は魔術に興味があるのだろうか――少し気味の悪さを感じながら、ハリエットが目の前の本に手を伸ばそうとした時だった。


「他人のものを勝手に見るなんて、行儀の悪い人間ね」


「!」


 どこからともなく聞こえた女性の声に、ハリエットは跳びはねるように驚くと周囲を見回した。


「……誰?」


 強張った表情で呼ぶが、返事も姿もない。じわじわと恐怖が湧き出したハリエットは、本棚から離れると、急いで部屋から出た。


 廊下にはすでにキャスバートとディクソンがおり、ハリエットを見ると二人は近付いて来た。


「こっちにはいなかったよ」


「私のほうもだ。廊下の先へ行ったんだろうか。……ハリエット? どうかしたのか?」


 ディクソンは様子のおかしいハリエットに気付き、声をかけた。


「ねえ、やっぱり外で待ちましょう」


「誰かいたんだ。話を聞かないと――」


「声がしたの。誰もいないのに、女の人の声が……」


「声? 本当に? 風の音と聞き間違えたとかじゃ――」


「違う。はっきり聞こえたの。行儀の悪い人間だって……」


 ハリエットは不安げな目をキャスバートに向けた。


「領主様は、魔術の本をたくさん持ってた。あの怪物って、もしかしたら魔術で呼び出したものなんじゃないかな」


「セーヤーズ様が、魔術を使うというのか? そんなまさか」


「でも、あんな怪物、魔術でも使わなきゃ連れて来れないと思うの。私が聞いた声も、人間じゃない、魔術で呼んだ何かだったのかも……」


「鳥の怪物の他にも、仲間がいるっていうの?」


「可能性はあるでしょう? 何か怖いわ……もうここにいたくない」


 怯えを見せるハリエットの肩を、ディクソンは気遣いながら優しく抱いた。


「……キャスバート、外へ出よう。私もこれ以上セーヤーズ様のご自宅を捜し回ることはしたくない」


「わかりました……じゃああとは僕だけで捜します」


 そう言うとキャスバートは廊下の奥へ歩き始める。


「駄目よ。一人じゃ危ない」


「危なくても、シシリーのためなんだ。話を聞かないと」


「外で待てばいいじゃない。領主様もそのうち――」


「なかなか素直に戻らないのね」


 知らない女性の声に、三人は同時に背後へ振り向いた。その暗い廊下には、闇と同化するような黒い服を着た女性がぽつんと立っていた。


「さっきの、声の……」


 ハリエットは瞠目し、女性を見つめる。すらりとした体形に色白の肌という容姿は一見美しくはあったが、そこからかもし出される雰囲気は怪しく不気味で、どこか近寄りがたいものを感じた。


「あ、あなたは、セーヤーズ様の関係者の方ですか?」


 ディクソンは聞くが、女性は無表情のまま口を開く。


「そちらに答える筋合いはないわ」


「ああ、その、このように勝手に入ってしまったことは謝ります。ですが私達はセーヤーズ様とお話がしたくて――」


「邪魔をしないでくれるかしら」


「邪魔……?」


 女性は口角をわずかに上げた。


「領主には大事な仕事があるのよ。とても、大事な」


「わ、わかってます。そのお仕事の邪魔をするつもりはありません。私達は少しお時間をいただきたいだけで――」


「前に、お前と領主様が話してるのを見たことがある」


 キャスバートは割って入ると、警戒の眼差しを向けながら言った。


「……へえ、そうなの。知らなかったわ」


 女性は微笑を浮かべ、キャスバートへ視線を向けた。


「その時、お前は姿を消したんだ。忽然と、目の前で……」


「もしかして、前にキャスが言ってた幽霊みたいな女って……」


 ハリエットは強張った表情で女性を凝視する。


「私が、幽霊……? 面白いわね」


 女性は笑いながら、ゆっくりと三人に近付いて行く。


「く、来るな! お前は何者だ」


「何者だろうと、あなた達には関係のないこと……今すぐここから出て行くのなら、今日のことは忘れてあげるわ」


「領主様に話があるんだ。会うまで帰るわけにはいかない」


「それが邪魔だと言っているのがわからない?」


 女性は三人の前で足を止めると、不敵な笑みを浮かべて言った。


「困った人間ね……あまり手間をかけさせないでほしいのだけど」


 顔は笑っているが、その目の奥には異様な何かが宿っているようで、ハリエットは得体の知れない恐怖に気持ちを焦らされていた。


「キャス、言う通りにしましょう。ひとまず館を出たほうがいいわ。何か、嫌な感じがするのよ」


 ハリエットはキャスバートの袖を引きながら小声で言うが、女性を睨むように見つめるキャスバートに聞いている様子はなかった。


「お前は人じゃないんだろう? 鳥の怪物の仲間、なのか」


 これに女性の表情がわずかに変わった。


「ああ、そこまで見られていたの。穏便に帰ってもらおうと思っていたけれど、少し、後悔する経験が必要そうね……」


 そう言うと、女性の周囲の闇が濃くなり始め、全身を覆い隠し、黒い塊となったそれは次第に肥大化し始めた。


「何が、起きてるんだ……」


 不思議で不気味な光景にディクソンはおののき、見入っていた。キャスバートも口を開けたまま、うごめく闇を呆然と見つめる。その横でハリエットは心臓を早鐘のように鳴らし、声も出せずに手足をすくませていた。


 黒い塊は天井に着くほど大きくなると、その姿をあらわにした。黒光りする無数の羽に、鋭く突き出たくちばし、そして三人を見下ろす赤い目……。


「鳥の、怪物……!」


 ディクソンは息の詰まった声で呟いた。


「まだここに留まるつもりなら……その覚悟はしているのだろうな」


 巨大な鳥はくちばしの先をキャスバートの脳天に定める。まるでそれは重罪人に使うギロチンのように、三人には逆らいようのないものだった。このまま立ち止まっていれば、間違いなく命を奪われる――攻め寄せる恐怖は、すぐさま三人の踵を返させた。


 駆け出したのはほぼ同時だった。誰の掛け声もなく、三人は必死に暗い廊下を駆け抜ける。振り返る余裕もなく、ただひたすら怪物から離れようとした。


「し、死にたくない……!」


 混乱状態に陥ったハリエットは二人から離れると、玄関ではなく途中の部屋に逃げ込もうとする。


「ハル! そっちじゃない!」


 気付いたキャスバートが叫ぶも、焦るハリエットは部屋の扉を開けた。


「きゃああああああ――」


 途端、ハリエットは耳をつんざくほどの悲鳴を上げた。普通の部屋と思って開けた中には、背後にいたはずの鳥の怪物の姿があった。まるでハリエットを待ち構えていたかのように、かがめた体で入り口を塞ぎ、尖ったくちばしを威嚇するように向けていた。


「やかましい人間だ。黙らせてやろうか」


 赤い目に居すくみ、動けなくなったハリエットを二人は後ろから引っ張り、強引に玄関まで走らせる。


「キャスバート、扉を開けてくれ」


 ディクソンはハリエットを預かり、キャスバートを先に行かせる。玄関広間に着き、急いで扉に手をかけたキャスバートだったが、その取っ手はどういうわけか動かなかった。


「……どうした、何をしてる」


 遅れて着いたディクソンが焦った口調で聞く。


「鍵は開いてるのに……開かないんだ……」


 ガチャガチャと音が鳴るほど動かしても、扉は微動だにしてくれない。


「窓は、横の窓はどうだ」


 扉の左右にある大きな窓を見てキャスバートは駆け寄った。


「……これ、嵌め殺しだ」


「では、何かで割ることは――」


「他人の家の窓を壊すなど……本当に行儀の悪い人間だ」


 はっとして三人が振り向けば、巨大な怪物は玄関広間に入って来るところだった。鋭い爪の生えた足が、のそりのそりと歩み寄る。


「こ、来ないで……」


 ディクソンにしがみ付き、ハリエットは引きつった顔で言う。


「私達は出て行く。だ、だから、殺さないでくれ」


 後ずさりながらディクソンは命乞いをした。それを見下ろす怪物は、視線をキャスバートへ移す。


「お前も、同じか?」


 じろりと見られたキャスバートは勢いよく何度も頷く。


「も、もちろんだ。僕達は帰る。でも、扉がなぜか開かなくて……」


「それは、もう少し後悔を感じてもらうための、私の仕掛けだ」


「どういう、こと……?」


「お前達が、二度と、邪魔をしないように、恐怖を植え付けてやろう」


 黒い巨体がにじり寄り、赤い目が何かを狙うように鋭く見下ろしてくる。前方を塞がれた三人は玄関の壁際まで追い詰められ、身動きが取れないまま怯えることしかできずにいた。


「たす、けて……」


 しゃがんで身を縮こまらせ、ハリエットは頭を抱えて泣き出しそうに言った。


「ここに来るべきではなかった……そう思え」


 直後、怪物の体から黒い霧が噴き出したかと思うと、それはまるで意思を持ったように三人のほうへ降りかかって来た。視界がさえぎられ、全身に締め付けられるような感覚が走る。殺されてしまう――三人は同じように危機感を覚え、もがいた。


「いやっ! いやっ……」


「やめてくれ! 苦しい!」


「助けてっ……誰か、誰か! うああああああ――」


 漆黒の闇の中に、三人の声と悲鳴が響き渡っていた。


「……悲鳴?」


 見つけた資料を片手に館へ駆け戻って来たシシリーは、悲鳴のようなものが聞こえた気がして庭の半ばほどで足を止めた。星明かりに照らされた周囲を耳を澄ましながら見回すが、人影も、新たな悲鳴も聞こえてはこない。空耳かと再び館へ向かうが、玄関に近付いたところでまた足を止めた。


「お父さん達、どこにいるんだろう……」


 ここに来ているはずの父と友人達だが、どこにも姿は見えない。館を見上げても窓に灯りはなく、中に入っている様子もなかった。


「ジェロームも、まだ戻ってないのかな……」


 父達とは行き違いにでもなったのかもしれないと思いつつ、シシリーは玄関扉に手をかけた。


「……あれ? 鍵が……」


 閉まっていると思っていた扉だが、押すと簡単に開いてしまった。急ぎたいジェロームがかけ忘れたのだろうかと、そのまま中に入ろうとした瞬間だった。


「あっ、開いた! 扉が開いた!」


 突然の大声の後、入ろうとしていたシシリーを押し退けて何者かが外へ飛び出して来た。


「なっ、何……?」


 驚き、端へ避けたシシリーの目の前を、さらに二人が横切ろうとする。


「……お父さん?」


 それはハリエットを抱えたディクソンだった。聞き覚えのある声に顔を向けたディクソンは、それが娘であるとわかると、怯えた表情を一気に緩ませた。


「シシリー……お前が、開けてくれたのか……」


 安堵する一方で、疲弊し切った様子の父にシシリーは駆け寄った。


「どうしたの? 何かあったの?」


「殺され、かけたのよ……」


 ディクソンの腕から離れたハリエットは、恐怖の表情で言う。


「え? だ、誰がそんなことを……」


「怪物だ」


 膝に手を付き、小刻みに震えながらキャスバートが言った。


「鳥の怪物に閉じ込められて……危うく、殺されるところだったんだよ」


 鳥の怪物と聞き、シシリーは玄関に目をやった。するとそこには、四人のやり取りを眺めるように黒猫がちょこんと座っていた。しかしシシリーと目が合うと、おもむろに立ち上がり、館の中へ姿を消してしまった。どうやら死神の仕業には違いない。一体三人に何をしたのか――困惑を隠せないシシリーは事態を収拾させるため、努めて落ち着いた口調で言った。


「と、とにかく、三人ともすぐに村へ帰って休んだほうがいいわ。私はここでジェロームを待って――」


「何言ってるのよシシリー、あなた死にたいの? 館には怪物がいるのよ?」


「私達と一緒に村へ帰るんだ。もうこんなところにはいさせられない」


 恐怖に駆られたディクソンはシシリーの腕をつかむ。


「お父さん、待って。私はまだ帰るわけには――」


「あんな怪物を飼ってる者の側に置いておくことなどできない。何と言おうと今すぐ帰るんだ」


 抵抗するシシリーの腕を強引に引き、ディクソンは館を離れようとする。


「何の騒ぎだ」


 その時、声と共に人影が四人に近付いて来た。


「……りょ、領主、様……」


 キャスバートは緊張の声を出す。そこには外套をまとい、かばんを提げたジェロームが、まだ事態を理解していない顔で立っていた。

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