君と一緒にふるさとへ。

音佐りんご。

の無二の友よ。

 ◆◆◆


  村を一望できる小高い丘の上。

  一人のやつれた男が剣を携えて現れる。


「どうだい、見えるかい?

 あぁ、そうさ。

 やっと着いたよ。

 ただいま、

 夢にまで見た、僕たちのふるさと。」


  岩の上に腰掛ける。


「どうした、草臥くたびれてしまったのかい?

 はは。本当に、あぁ、本当に長い道のりだったよ。

 ひょっとしたら、もう忘れてしまったんじゃないかと思っていたけれど、心配はいらなかった。

 この身体は、この魂は、しっかりと憶えていたよ。

 あの日に駆けたこの道を。

 戻ることは無いと感じたこの道を。

 だからこそ、焼き付いていたのかも知れないけれどね。

 君はどうだい?

 ……あぁ。そうだろうな。

 もう、十年になるのか。

 君と一緒にこの村を出て。それから。

 何も、何も変わらない。」


  立ち上がり歩き出す。


「木々や小川、架かる橋。

 道、空、畑。

 草原、家々、柵、垣根かきね

 それに坂の上の教会……慎ましくも温かな、僕たちの我が家もあの時のまま。

 きっとこれから先も変わることはないんだろう。

 まるで時間が止まってるみたいに。

 もしかしたら帰りを待ってたのかも。

 だとしたら、耳を澄ませばそろそろ聞こえてくるんじゃ無いだろうか。」


  目を瞑り、耳を澄ます。


「遠く遠く、僕らを呼んだ鐘の音が。」


  薄らと開けて遠い目。


「…………はは、なんて、分かってるよ。

 うん。ちょっと懐かしくなってしまっただけさ。ごめんよ。

 そう、僕たちは変わってしまったから。

 すっかり、変わってしまったから。」


  手にした剣を見つめる。


「そうさ何を隠そう僕たちは、この村でちょっとばかりは名の知れた、素行は悪いが純真無垢、隠せぬ元気と明るい未来で溢れんばかり、そんなそんなありふれた、普通の、あぁ、普通の子供だった。」


  小川の橋を渡る。


「だからこうして戻った姿を見ても、大人はみんな、それが僕たちだって分からないかもしれないね。」


  草原を抜ける。


「僕は随分大人になった、ひげも生えたし背も伸びた。顔立ちだってなかなか大したもんだろう?

 きっと愛しのあの子が今の僕を見たら驚いて、思わず抱きしめてくれるだろう。

 ……なんて言ったら、君は笑ってくれるかい?

 けれど君は、そうだね。

 僕とはとても比べられない。並べられないよ。

 なんせ君はあの魔王を、見事討ち倒したんだもの。みんなの悲願を成し遂げた。

 それはもう誰もが知る偉業さ。

 なんて……なんて素晴らしいのだろうか。あぁ本当に誇らしい。

 それに引きかえ僕ときたら、髭が生えて背が伸びた? それはただ大人になっただけさ。君が手柄をとる間に、僕がとったのは歳くらいのものだ。

 図体ばかり大きくたって、僕は君に頼りっぱなしで本当、情けない限りさ。愛しのあの子もきっと抱きしめてなど、くれないさ。

 あぁ、笑ってくれよ。

 君が笑ってくれたなら、僕は救われるさ。

 救いようの無い僕だけれど。」


  少し微笑む。


「とはいえ、この村には君の名声も僕の不甲斐なさのなんたるかも届いてこないのだろうけれど。

 だからこうして帰ってきたのさ。

 そう、どのような形でも、君とこの村に帰ってくるという役目を全うできたことだけは、僕の誇りだ。」


  両手を広げ、村のアーチを潜る。


「さぁ、帰ってきた!

 両手を挙げて手を打ち鳴らせ!

 魔王を倒した勇者の凱旋がいせんだ!」


  俯き、無言のまま村を歩く。


「……………………ぁあ。

 どうだい、友よ。みんなには、会えたかい?

 君の母さんも、秘かに君に思いを寄せていた僕の妹も、喜んでいるだろうね。あぁ、きっと喜んでいるだろうとも。みんな、みんな……。

 本当なら、もっと喜ばせることもできたかもしれないけれど、ね。」


  崩れ落ちた教会に入り、祭壇の前で足を止める。


「僕は、行くよ。

 長居してしまうと、きっと、もう二度と歩き出せなくなってしまうから。それに、合わせる顔もないしさ。

 村を出たあの日のように、もし。

 もし君が今、隣にいたのなら、また違う冒険がこの先に、あったのかもしれないけれど。

 あぁ、分かってるよ君はもう十分頑張った。十分なんだよ。

 だからさ、心置きなく休みなよ。勇者。

 僕はまだ旅を続ける、君の分まで。

 数十年後か数年後か、はたまた明日。その日がいつになるかは分からないけれど、全部終わったら帰ってくるさ、約束だ。

 でも、もし叶うならここで君と一緒に――


 ――ううん。


 なんでもない。

 最期の約束、守るよ。

 うん、みんなによろしく言っといて。」


  手にした剣を祭壇に横たえると踵を返す。


「さようなら、僕たちのふるさと。

 そしてまたいつか、旅立ちの日まで、おやすみ。

 僕の無二の友よ。」

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君と一緒にふるさとへ。 音佐りんご。 @ringo_otosa

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