拍動

雨間 京_あまい けい

イミシュ/大きなカカウの樹

「何やってんの?」

「………………」


 なんか地面に話しかけられた。地面というか、カカウの樹の根に話しかけられた。


「……妖精さん?」

「何やってんの?」


 おや。スルーか。

 と、耳が、カカウの根の高さのある部分に覆われていることに気付く。

 耳あてみたいな格好で。

 すると、妖精に話しかけられたのは錯覚なのかも。


「ん? んん?」


 目を開くと、そこには根に包まれた闇が広がっていた。

 腕、足、順番に動かしていくと、一つの事実に行き当たる。

 突っ伏している。

 突っ伏して寝ていたのだ。


「何やってんの?」

「……何やってんだろ、ボク」


 折角なのでコウモリの鳴き真似をしてみる。

 根に覆われた空間は、なかなか高品質な音響を備えていた。

 いつもより上手く聞こえる。

 カカウの実に穴を通したネックレスも、上手上手と褒めている気がする。


「とりあえず立ちなよ」

「うん」

「立ちなよ」

「うん」

「……立ちなってば」

「待って」

「……、」

「抜けない」


 参った。私の頭部はこの空間を故郷とでも思っているらしく、凹と凸並のベストフィットを演じていた。無理に抜こうとすれば、顔面が削れるのは必死だろう。特にほっぺた。

 いや、そんなの気にしている場合じゃないのだろうが、流石に躊躇ちゅうちょを表明したい年頃であった。

 と、それを伝えるべきか悩んでいると。


「……なんか妖精さんの足音が聞こえるんだけど」


 しかも段々と遠ざかってるんだけど。


「ちょ、嘘。待って。ねぇ、ウソ、やだ、ねぇ、…………マムぅー!」



 ――――――― ―――――― ―――――― ―――――



「危機感が足りなくない?」

「へあっ?」


 この声、妖精さんだ。


「……寝てた?」


 妖精さんは私の質問には答えず、代わりに、


「いま切り出すから。動かないで」

「あれ? ボク、言ったっけ?」

「何が?」

「……いや、なんでもない」


 ガツ、ガツという音が脳に直接響いてそこそこしんどい。

 あと間違って首に当たるのは考えないようにしないと心臓がヤバい。


「あと半分」


 妖精さんの手際は良かった。恐らくもう深くまで根が切れている。


「よし、もう出れるだろう。急いでね」

「ありがとう、本当にありがとう……ぬっ」


 根っこを斬れたところから少しめくると、あのジャストフィットが嘘のように頭部がすっぽり抜けた。

 低木林をかき分けて太陽が垂直に差してくる。

 ビバ熱帯ライフ、まだ目が慣れないけれど――


「ん? 『急いで』って言った?」



 |熱帯はあまりに分解者が活発に働くため、物質のサイクルが非常に速い。

 つまり土壌は深く形成されず、結果として大木は根をしっかりと下ろすことが出来ないのだ。

 え? じゃあどうやってバランスを保つのかって?


 ……そんなもの、根性に決まっているだろう?|



 なんか傾いてない? そう呟くより先に、私は本能で駆け出していた。

 枝が方を掠め、悪寒が神経を走り抜ける。


 ばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばきばき!!


 数時間ぶりに視界に飛び込んだのは、ギャグみたいな光景だった。

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