君とココアを




夢を見ていた。

君と彼とわたしの三人で他愛ない話をして笑っている。そう、あれは確かわたしが小説のコンテストに投稿しては落選し、投稿しては落選しをひたすら繰り返しているけどこれからも書き続けたいんだという話をへらへら言ったら「そうか。それじゃあちゃんとご飯食べて寝なきゃダメだよ」と彼が言い、「書き続けたいなら好きにすればいいだろう。おまえの人生なんだから」と君が言って、「まあ、完成したら読んでやってもいい」と続けたものだから、彼が「あっずるい!ボクも!ボクにも読ませて!」と大真面目な顔で挙手して、その姿が可愛くて思わず笑ってしまった時のことだ。

三人はそれぞれ青、赤、黄色のマグカップを持っている。それは彼がやって来て三人暮らしになった時に彼が普通の人の姿に化けてまとめて買ってきたものだ。

あの時飲んでいたのは、確か――――






















ざざあん。ざざあん。

潮騒しおさいが聞こえる。


「おい、起きろ」


その声が聞こえた瞬間、桃花は一気に覚醒かくせいして跳び起きた。


「テル・・・!!」


そう、砂浜で全身砂まみれになって座り込んでいる桃花を見下ろしているのはテルだった。


「よかった、会えた・・・!!」


そう口にしたが、桃花はあれ?と思った。今自分は寝ていなかったか?

彼女は非常に難しい顔になった。

ここは浜辺――――テルは海にいると道化師が言ったから桃花は海を目指したのだ。

そしてたどり着いたところまでは覚えている。否、たどり着いてどこまでも広がる闇の中、水平線を睨みつけながら波打ち際に立ち尽くしているテルの姿を遠目に見つけたところまでは覚えている。

そして・・・そして自分は――――


「・・・・寝た?」


「ぶっ倒れたんだよボケ!!」


「ひいっ」


難しい顔でぼそっと呟いた桃花にテルはものすごい剣幕で怒鳴った。


「おまえ水分も摂らずにここまでずっと走ったり歩きどおしだったんだって?そりゃ倒れるわ。輝美てるみが俺を呼ばなかったら俺も気付かずじまいだったかもしれない」


そろそろここから移動しようと思っていたから、危なくすれ違いになるところだったぞ。

テルの話を聞いた桃花はぱちくりと瞬いた。


「・・・そっか。輝美さんがテルを呼んでくれたんだ。――――ありがとう。輝美さん」


彼女はへにゃっと嬉しそうに笑って自分の胸に手を当てて礼を言った。

そんな桃花を見てテルはため息を吐く。


「礼なら俺にも言え。俺がおまえに水を・・・」


「ん?何?」


「いや何でもない。それよりおまえ、道化師ジョーカーから離れて呪いは・・・」


「んー、あなたたちの呪いってエグいね。これなら世界滅ぶわ」


「・・・・・」


桃花の言葉に、テルはふっと疲れ切った老人のような表情になった。

その顔を見た桃花は全身砂まみれのまますっくと立ち上がる。

こちらを見上げるテルの向こうに水平線が見えた。空と海の狭間からまばゆい光が少しずつ差し込んで、もうじき朝日が昇ってくると分かる。


「テル。わたしは君に証明しに来た」


もう遅いかもしれないけれど、どうしても君に伝えたかったんだ。

そう告げると、「遅くないぞ」と彼は言った。


「人々についた心の傷は消えないが、呪いに関する記憶や付与した能力は消し去る事ができる」


「え・・・?」


桃花は目を丸くした。


(記憶を消す?世界中の人々の・・・?そんな事ができるなんて)


彼は、彼らは本当にただの霊なのか――――?


「そうすれば少なくとも、世界の滅びは回避できる」


淡々と言うテルに桃花は、


「ちょ、ちょっと待って・・・テル、あなたたちは、一体―――」


「まあいいじゃないか、俺たちが何かなんて」


テルはつまらない事を言うかのような顔でけだるげに首を傾げてみせる。


「そんな事より、おまえが証明できなかったら世界はこのままだからな」


その言葉に、桃花の顔つきが変わる。

そして彼女は自分の考えをそのまま言った。


「わたしはテルとピエロさんと一緒に過ごせて楽しかった。だからこの世界には価値があるし、生きるに値するよ」


――――もうじき春がくる。


「たとえ今日これきりで君たちとお別れして、二度と会えないとしても。君たちと笑い合えた時間がほんのわずかだったとしても。それでもその記憶があるなら、わたしはこれからも幸福に生きていける。時に人を憎んだり、死にたいって呟きながら、泣いて、それでも呪い呪ったこの世界をちょっとだけ大事に思える」


――――もうすぐ完成するはずの小説は、もう君たちには読んでもらえないかもしれないけれど。


「君たちがわたしを幸福にしてくれたんだ。ありがとう、テル」


――――それでも、こうして君とまた会えたから、わたしは嬉しい。

君と出会えてよかった。


「・・・そうか」


そう、か・・・。テルはそう呟いてうつむいた。

朝日がゆっくりと昇ってくる。まぶしくて桃花は目をすがめた。

今や正体不明の少年の姿をした何かは太陽を背にしたままそこにたたずんでいる。

その顔は逆光でよく見えない。

ざざあん。ざざあん。潮騒が響く中、彼は唐突に顔を上げたかと思いきや、「はっ!」とわらって言った。


「世界のおれたちにありがとうだなんて、おまえは魂の底から大馬鹿野郎だよ」


本当に、馬鹿だよ。

その呆れ声はどこか楽しげに、桃花には聞こえた。





“What is happiness?” the end.

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白石桃花の幸福論 雪待ハル @yukito_tatibana

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