行かなくちゃ
駆けて、駆けて、駆けて。
ふと背後からの殺気がいつの間にかなくなっている事に気付き、桃花は振り返る。
そこには誰もいなかった。
(・・・よかった。逃げ切れたんだ)
ばくばくと鼓動が鳴っているのを感じる。
走るのをやめて深く息を吸って吐いた。それをしばらくゆっくりと繰り返す。
動悸が落ち着いて、喉の渇きを覚えたが、それよりも早くテルのもとへ行かなければと我慢した。
周りを見渡せば、殺気を放った職場の上司から逃げている間に街の中心からはだいぶ外れた場所へ来ていたようだ。
(これでいい。方向は合ってる)
道化師の話によると、テルは桃花には手の届かないほど遠くへ行ってしまった訳ではないらしい。
一度テルの中の魂たちが世界中へ散って行ったが、呪いを各地に振りまいた後はまたテルの元へ戻ったと。
そしてそのテルがいるのは――――。
「・・・行こう」
桃花は走り疲れて消耗した体に鞭打って歩き出した。
呪いに侵された人々は争っているか、もしくは争いに巻き込まれないように息をひそめているから、公共交通機関は機能していない。
故に、桃花はひたすら歩き続けた。鉄道に沿って、ひたすらに。
日は次第に落ちて、空を、雲を、燃えるような橙色に染めた。
人の怒鳴り声が聞こえる。泣き声が聞こえる。言い争う声が聞こえる。悲鳴が聞こえる。
それらがなぜか、桃花には在って当然のもののように思えた。
(だって、人間はみんなどこかで傷付いていて、悲しんでいて、それを普段隠して平気なフリをしているだけだから)
テルたちの呪いはそれを明らかにしただけに過ぎない。桃花はそう思う。
それにこの状況を地獄と言うのかもしれないが、普段の職場だって十分地獄だった。
今の状況といつもの職場の何が違う。命の危機の有無?あの職場で働き続けたらストレスで精神をすり減らしてすり減らしていつか死ぬと思う。そういう意味でも何も変わらないのだ。
そんな事を思いながら、顔を上げて歩き続ける。
いつの間にか日は沈み、夜になった。
空には星がちかちかと瞬いている。月は見えなかった。
桃花は街灯の明かりを頼りに進む。だんだん疲労がたまってきたのを感じるが、テルに会わねばという気力だけで必死に足を動かした。
息が切れる。目がかすむ。体がふらつく。――――それでも。
(テル。あなたに伝えないといけない)
その想い一つだけを頼りに、一歩、また一歩と進んでいった。
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