君と問答をもういちど




テルの姿がだんだんと薄くなる。


「ッ、待っ・・・!!」


とっさに手を伸ばして彼をつかまえようとした桃花は、勢い余ってベッドの上から落ちた。


「・・・・ッ」


痛みをこらえて急いで起き上がれば、既にテルの姿は消えている。


「テル・・・!!」


パジャマ姿のまま彼女は寝室を出て、居間まで走る。

そこにはソファにしょんぼりと座った道化師がいた。


「ピエロさん、テルが・・・!!」


「知ってる。もうここから出てったよ」


「テル、が」


わたしが証明できなかったせいで、世界を滅ぼすって。

それを言おうとして、でも声にならなくて、結局言えなかった。

それでも道化師は彼女の言わんとしたことを正しく理解した。

理解した上で、彼女に問うた。


「・・・キミは、これからどうしたい?」


その声音は、優しかった。

桃花は思わずうつむいて彼から視線をそらす。――――自分は道化師かれが期待したような姿を見せられていない。

だから本当は、彼だって自分に愛想あいそを尽かしてテルみたいにこの部屋を去ったっていいのだ。

けれど彼はそうしない。テルが去った事に――――桃花が証明できなかった事実に――――しょんぼりしながらも、それでもまだここにいる。

それはなぜだろう。その理由に思い至った時、桃花の目に光が灯った。

顔を上げて、真っ直ぐに道化師の碧い瞳を見返す。


「・・・わたし・・・・わたしは、あなたと、テルと一緒に過ごしている時間が好き」


それは孤独ではなくなるから?――――違う。

例えば孤独でなくなるために、好きじゃない相手と一緒にいても消耗するだけだろう。


「あなたたちと出会って、家で一緒に過ごすのは楽しかった。だから」






まだ生きていたい。






「辛い事に押しつぶされて、死んでしまいたいとか、あいつが憎いとか言ってしまう事もあるよ。それは本当の気持ち。でも、生きていたら楽しい時間もやって来るって知ったから、まだ生きたいよ。これも本当の気持ち」


桃花が自分の言葉を伝えれば、道化師はと笑う。


「そう?じゃあ世界を滅ぼされたら桃花困っちゃうね」


「うん。すごく困る」


桃花は大真面目な顔でこくりと頷く。


「ピエロさん、わたしテルを止めたい。あなたに助けて欲しい」


「いいよ」


道化師はあっさり承諾しょうだくしてにこにこ笑った。


「ありがとう」


こんな時だけど、桃花はその笑顔を可愛いと思った。

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