ダンジョンにて
「白石さんって学生の時いじめられてたんだってー!」
「〇〇と一緒に遊んであげてよ。ほら、〇〇白石さんの事が好きなんだって。嬉しいでしょう?」
「『でも』じゃない。いいからやって」
「仕事しろよ」
仕事してるよ。いつだって真剣にしてるよ。
ただ、
だって、ほら――――
当然だ。始めからこうなるって分かりきってた。
だからわたしは言ったんだ、「それはおかしくないですか?」って。
そのわたしの意見を無視したのはあなただ、先輩。
わたしはイヤイヤあなたの言う通りに案内しただけなのに、お客様に頭を下げて謝らなければならないのはわたしだ。
何なんだろうな、本当に。
「お疲れさま」
「
「お疲れー・・・えっ痩せた!?大丈夫?ちゃんとご飯食べてる?」
あたたかい言葉をかけてくれる人たち。笑いかけてくれる人たち。
ありがとう、と思う。
あなたたちのおかげで、わたしはここで生きていける。息ができる。
人は、他者は、悪意のかたまりみたいな人もいるけれど、あたたかい心を持った人も確かにいるのだと、わたしは知った。
知れたからまた今日もここに働きに来れた。
ほんとうに、ありがとう。
「はーーーあ・・・」
桃花はベンチの背もたれに大きく背を預けて目を閉じた。
ここは職場の建物から少し離れた場所にある、誰にも忘れ去られたかのようにぽつんと道にあるベンチである。
彼女はいつも昼休みにここに昼食を食べにくる。
あの建物の中に一秒でも長くいたくない。ぜったいHPもMPも、一秒毎にそこにいるだけで削られる。
大きく息を吐きながら空を仰ぐ。今日は運良く晴天で、どこまでも透き通るような青にふわふわの雲が呑気に流れていっている。
「・・・・・・」
自動販売機で買ってきたパンがあるが、何となく食欲がなくてそのままぼうっと空を見つめていた。
・・・生きるって何だろうなあ。そんな事を思う。
この世は生きるに値する?知らないよそんな事。ここに来るとそう投げやりに思ってしまう。
テルは多分今のわたしの様子も見ている。呼べば姿を現すかもしれない。それでも桃花は彼らを呼ぶ気にはなれなかった。
(・・・ごめん。かっこ悪いね、わたし)
今、わたしは辛いなあと思っている。苦しいなあと思っている。
仕事内容はやりがいがあるけれど、人間関係がしんどい。
人の悪意がしんどい。
(いや、わたしにだってあるよ?悪意)
自分だって決して清廉潔白な人間ではない。その自覚がある。
けれど、やっぱり辛いのだ。他者から悪意や敵意を向けられる事が。
向けられて何らかのリアクションをしなければならない事が。
始まりの意思がマイナスなものなのに、それに対するリアクションがプラスになろうはずもなく。
それが、自分は。
「あーーー」
意味もなく声を上げてみる。周りには時々車が通り過ぎていくくらいで、人が通る気配はない。
休憩時間はたったの一時間。それだけで悪意に傷付いてボロボロになった心を抱えてまたあのダンジョンみたいな建物に戻らなければならない。
(・・・元気、出さなきゃ)
ふと好きな音楽を口ずさんでみた。好きなメロディー、好きな歌詞。
小声でささやかに歌う。
それは理不尽な指示を出した先輩に抗議しなければならない時とは違う音。
歌っていたら、お腹が空いてきた。
「よし、ご飯にしよう」
袋をびりびりと開封して、桃花はパンに思いきりかぶりついた。
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