2
過去への逆行、二回目。
今度こそ仕切り直しだ。
「お前は? どうなんだ、えっと……リディ、いや違う。リフィちゃんだっけ? うまくいってるのか?」
メリルは、よしきた、とばかりにぐっと口元を引き締めた。
この友人との会話も二回目ともなると、大きな動揺はない。
前回は久しぶりにリフィに出会えた喜びと緊張で失敗してしまったが、今度こそ落ち着いてリフィがどんな子か説明するんだ。
コホンッ、と小さく咳払いをして、俺は友人の顔を見つめながら口を開いた。
「リフィは、俺より二つ年下で物静かだけどすごくいい子で、ピンクのドレスとかミコノスの花が良く似合う、すごくかわいい子なんだ。あと、ホットチョコレートとかもふもふの動物も好きだ」
これはみんな、やりとりをした手紙に書いてあったことだ。本人がそう書いているのだから情報にあやまりはないはずだし、これで皆にもリフィがどんな子なのか少しは分かってもらえるだろう。
俺は、自信満々に友人たちの顔を見渡した。
「へぇ。そうか、お前そういう子が好みだったんだな。うん、お前は確かにそういうかわいい感じのおとなしめな子が合ってるかもな」
「そうだな。メリルっておしゃべりな子とか気の強いしっかり者タイプは合わなそうだよな」
そんなことを言いつつ、うんうんとうなずきあうガーランとジーニア。
その様子から、なんとか良いイメージでちゃんと説明できたことに安堵する。
でも。
やっぱりここにきて、リードはやらかしてくれた。
「……ふうん。俺の四才の妹に似てるな。妹もピンクが好きでいつもその色のドレスを着て、動物のぬいぐるみを抱いてるんだ。それに、機嫌が悪いときにもホットチョコレートを飲むと、とたんに静かになるし」
まだ何かを続けようとしたリードを、トリアスが止めた。
「おい、リード。お前なぁ、四才のお前の妹と比べるなよ。それじゃまるでメリルの婚約者が子どもっぽいって言ってるみたい……」
トリアスがリードをたしなめようとした次の瞬間、背後に人の気配がして。
ガチャン!
今の音は多分――、いや、間違いなくティーカップが割れた音だ。
振り向かなくてもわかる。
「……リフィ?」
それでも恐る恐る振り返ってみれば、そこには思った通り、両目に涙をたっぷりとたたえたリフィが立っていた。
「えっ? もしかして、君メリルの……? えっと、ごめん。俺別にそんな意味でいったんじゃ……」
後ろで涙目で立ち尽くす少女が俺の婚約者だと気づいたリードが、焦り顔で後ずさった。
慌てて言い訳するも、その言葉が何の意味をなしていないのは明らかだった。
リードは、根の悪い奴じゃない。ただちょっといつもずれてて、失言しがちってだけで。
それでも俺はリードのタイミングの悪さに歯噛みして、恐る恐るリフィに顔に視線を向けた。そして、過去二回にはなかった変化を見つけた。
「……リ、リフィ?」
両目に涙をためて立ち尽くしているのは同じだけど、よく見ると今回は顔を赤く染めて両手をふるふると握りしめている。
「え……もしかして、ちょっと怒ってる……? リフィ?」
そう問いかけてみると、リフィはきっと涙に濡れた赤く染まった顔を上げリードと俺をにらみつけた。
「私は……! 四才の子どもじゃないし、ピンクなんて大っ嫌いです! ホットチョコレートももふもふも、大嫌いよっ!」
そう大きな声で叫ぶと、両手で顔を覆いその場から走り去っていった。
その後の展開は、まぁ説明はいらないかと思う。
そうして、やっぱり二回目も婚約は解消され、リフィとの縁はあえなく絶たれたのだった。
◇◇◇◇
二回目の過去への逆行も、あえなく失敗し。
俺は完全に打ちひしがれていた。
正直、今回の俺の発言に特に問題はなかったと思うんだ。
俺の発言だけを聞いたら、俺がちゃんとリフィを思ってるってことは伝わるだろうし、婚約者に対して関心がないなんて誤解を受けることもないはずだ。
なのに、今回もやっぱりリードの失言であらぬ方向へといってしまった。
なんでだ。一体何がいけないんだ。
婚約解消になるのは、避けられない運命だとでもいうのか。
「はぁぁぁぁ。チャンスはあと一回か……。うまくいく気がしない。どうすればいいんだ、もう。他になんて言えばリフィは泣かずに笑ってくれるんだ? どうすれば婚約解消なんて極端な話にならずに済むんだよ……」
半ば投げやりな気持ちで、クッションを壁に投げつける。
もし次で過去を変えられなければ、きっともう二度とリフィとやり直すチャンスなんて訪れない。そうしたらリフィは俺以外の男と結婚を……。
そんな絶望的な状況を思い描き、頭を抱えた。
「リフィに会いたい……。過去のリフィじゃなくて、今のリフィに会いたい……。会ってちゃんと話がしたいんだ。こんな形で終わるなんて、嫌だ……」
そう呟いた時、ふとリフィの父親の言った言葉が脳裏によみがえった。
『お前のようなへたれに娘をやるわけにはいかん。気持ちのひとつも伝えとらんどころか、分かり合う努力も怠るとは……。お前とリフィとの婚約は今この時を持って解消とする!二度とリフィの前に顔を現すな、いいな!』
あの時、確かそんなことを言っていたと思う。
あれは、俺がリフィと満足に話をしたこともどこにも誘ったことがないと言ったことに対しての言葉だった。
「気持ちのひとつも伝えず……分かり合う努力も……」
静まり返った部屋の中で、言われた言葉を繰り返し呟いた。
「そういえば俺、今まで一度も……」
この時俺は初めて気がついた。
ただの一度も、リフィに気持ちを伝えたことがないことを。
「いや、でも誕生日に好きだって花言葉の花束を贈ったことなら……」
花が好きだと言っていたからきっと花言葉を知っているだろうと思って、あえてそんな花言葉の花ばかりを選んで贈ったんだ。
でも、もし。
もしその意味にリフィが気がついていなかったとしたら?
「でも、言葉にして愛を告白するなんてそんなこと、俺にはとても……」
だって一緒にいるだけで心臓がバクバクして、顔を満足に見られないくらいなんだ。気持ちを伝えるなんて、そんなこと。
でも、婚約して五年だ。俺は五年もの間、リフィに気持ちも伝えずデートにも誘わず、一体何をしてきたんだろう。
過去の自分を振り返り、自問自答する。
「俺はばかだ……。だからって好きだって気持ちを……、これから結婚しようっていう相手に一度も伝えていなかったなんて……。しかもちゃんとつかまえておく努力さえしてこなかったんだ。そんなの……ダメになって当然じゃないか。俺はなんて……」
手に持っていた手鏡を、見下ろした。
鏡は、今にも泣き出しそうな情けない顔を写し出していた。
過去に戻ってあの時の会話をやり直せば、リフィは泣くこともなく、リフィの父親を怒らせて婚約解消になることもないと思っていた。
でも、きっとそれは違う。
もっと大事なことを、俺はしなきゃいけなかったんだ。
「俺……俺は……!」
メリルは手鏡をベッドの上に投げ出すと、慌ただしく上着だけを引っつかんで部屋を飛び出したのだった。
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