第六十三話・第八話「悲しみ」

 夕方に屋敷に帰ってきた朝陽は、それから食事もとらずに部屋にこもってしまった。

 美夕は疾風と話させたことに自分にも責任があると気に病んで、娘を心配して部屋に向かって声をかけた。



「朝陽、大丈夫?」

 しかし、返答は帰ってこなかった。晴明も心配して美夕に言った。

「心配はあるが、今はそっとしておいてやれ。明日になれば出てくるだろう」

 しかし、朝陽は翌日になっても朝餉もとらず部屋にこもったままだった。


 部屋の前に置かれた昨日の夕餉も冷め切っていて箸を付けた様子もない。

 心配になった晴明は、文を書き篁に届けるよう式神に命じた。

「晴明様。朝陽は大丈夫でしょうか?」

 美夕がお茶を湯呑みにつぎながら心配している。


 晴明は美夕の肩を抱いて元気づける。

「うむ、篁に式神を送っておいた。あいつなら、朝陽の心を開いてくれるかもしれない」

 篁は昼過ぎになって屋敷を訪れた。

 朝陽のことが心配で晴明がよこした牛車に乗らず、走ってきたらしく少し息を切らしていた。



「篁。冥府が忙しい時に朝陽のためにすまないな……」

 晴明は深々と頭を下げた。

「朝陽のためだ。このくらい何でもないぜ」

 篁はいつもどおり笑って見せたが、表情に心配と焦りがにじみ出ているようだった。


「篁様、ありがとうございます。どうぞ朝陽の部屋へ」

 美夕が篁を朝陽の部屋に導こうとした、が。

「美夕、邪魔するぜ!」



 篁は美夕に一言挨拶すると、急いで朝陽の部屋へ駆けていった。

 その後ろから晴明と美夕が急いでついていく。

 篁達が部屋につくと、障子の戸は未だ開かれず固く閉じられていた。



 中から朝陽のすすり泣く声が聴こえてきた。

 篁はたまらなく切なくなり、声をかけた。


「朝陽、オレだ! 開けてくれ!」


 朝陽はその声にビクッと肩を震わせた。

「開けるぞ!!」

 篁は、中から突っ張り棒がされている障子を力任せに開けようとしたが、朝陽の悲痛な叫び声が聞こえてきた。


「だめ! 開けないで。私は篁様に会う資格はない!合わせる顔がないの。帰ってください!!」

 篁は片手で印を結んで部屋の中に瞬間移動をした。

 いきなり現れた篁に朝陽は、驚き戸惑っている。


 逃げることも出来ず、着物をかぶってぶるぶると震え始めた彼女を見て、

 篁は微笑みを口元に浮かべ、掛けている着物ごと朝陽を抱きしめた。

「よーし、よし。何があった? お兄さんに話してみな」



 背中をさすりながら声をかけると、だんだんと震えが収まってきて朝陽は、着物の中から不安そうな顔を少しだけのぞかせた。

「大丈夫。オレは何を聴いても怒らないよ」

 その優しい表情と声音に安堵して、落ち着きを取り戻した朝陽は少しずつ話し始めた。


「あの後、私。疾風に話しに言ったの。

 篁様のことが好きなことをはっきり言おうと思って……

 でも、疾風は私のことを諦められないって、いきなり口づけされて。

 だから、篁様に顔向けできないって思ったの!ごめんなさい。篁様嫌いにならないで!」

 篁はため息をもらし、こぶしの先で軽く朝陽の額を小突いた。



「バーカ! オレがそのくらいで嫌いになるか。それより、

 津島から、おまえを救えなくてすまないと思ってる。オレがあいつを刺激してしまった」

「ごめんな」と篁はつぶやき、朝陽の額に口づけをしてきた。

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