第六十話第五話・二「赤い藤の花」
ここは夕顔の家。白い霧が漂い、怪しい雰囲気がただよっている。
「私行ってくる!」
先に朝陽が戸を叩いて声をかけた。
「こんにちは! 朝陽です。今日は、夕顔さんのことで父様と来ました」
すると、母親らしき人が出てきて朝陽達を夕顔の部屋に導いた。
おかっぱ頭の娘が寝かされていた。この少女が夕顔らしい。
「夕顔!」
朝陽がしとねに駆け寄り、心配して夕顔の顔を覗き込む。
「夕顔……必ず助けるからね!」
朝陽と晴明達は、夕顔の母親に話を聞き、赤い藤の花があるという。裏手の庭に回った。
そこには血のように赤い藤の花と、黒い霧のようなものが、藤の花を守るようにうっすらと花の周りにただよっていた。
それはトカゲのような形をしている。
「このっ、よくも、夕顔を!」
藤の花を見た朝陽は、いきり立って花に掴みかかった。
「待て! 朝陽」
晴明はとっさに殺気を感じて、娘を止めようとした。
「キャアッ!」
「危ない!」
朝陽は、黒い霧にふっ飛ばされたが、夢幻の花の首飾りが輝き、朝陽の身体を光が包み込んだ。
飛ばされた、衝撃を光のまくが吸収し速度が弱まる、そこを篁が受け止める。
「大丈夫か? 朝陽」
「くーっ! 悔しい! もう少しだったのに。」
抱きとめて心配する篁に、顔をゆがめて悔しがる朝陽。
「この気配は……まさか」
見知っている、気配に気づいた篁が黒い影に呼びかけた。
「篁だ! 黒トカゲ、姿を見せてくれ!」
「何と? その気配は、小野篁殿!?」
「人間、許さぬ、許さぬ、許さぬ……」
「藤の花、襲っては駄目だ! 篁殿を傷つけるわけには、ゆかない!」
黒トカゲは、青年の姿に変化して、怒り狂う藤の花をなだめた。
晴明はそれを見て、話が通じる相手だと感じて話しかけてみた。
「黒トカゲと言ったか……私は、陰陽師の安倍晴明と申すものだ。私が藤の花の怒りを解いてやろう」
「なに? そんな事が出来るのか! お願いだ、頼む! 藤の花を助けてやってくれ」
黒トカゲはとても、喜んで晴明に頼み込んだ。
「――その代わり、なぜ、こんな事になってしまったのかを話して欲しい。それとな、この家の娘に掛けた呪いを解いてくれないか?」
晴明は、静かに語り掛け、うなずいて願いを叶える代わりにこちらの条件も伝えた。
「なんでよ! なんで、こんな奴を助けるのよ。父様!」
怒りの表情で晴明に猛抗議する朝陽。
「朝陽……落ち着け、物には順序があるのだ。それに私には、この者達は悪い者には見えぬ」
晴明は、今にも花をむしり取りそうな勢いの朝陽を、藤の花に近づかせないように行く手をはばんだ。
「くっ! なんでよ、父様!?」
朝陽は、悔しそうに唇を噛みしめて涙ぐんだ。
黒トカゲは、いきさつを話しだした。
藤の花に恋した、黒トカゲの化身、夕顔の父親が藤の花をつもうとして
とっさに、人間の男に変化した黒トカゲが、それをかばい傷ついてしまった。
それを目の当たりにした藤の花は赤く変化し、恨みと怒りにとらわれて、娘の夕顔に呪いをかけてしまったのだ。
晴明は、まだ納得のいかない朝陽から、人魚のうろこを受け取り雨を降らせた。
不思議な雨は怒りに囚われた、藤の花のけがれを洗い流し、晴明が黒トカゲの傷を癒した。
けがれを洗い流した藤の花は、傷が癒えた黒トカゲを見て怒りからも解放された。
約束どおり、夕顔の呪いを解く藤の花。元気そうなその姿を喜んだ、夕顔の父と母は晴明達に藤の花達への謝罪を伝え、この騒動は無事、解決した。
正気に戻った藤の花は、自身のしたことに涙ながらにこの家にはもう、いられないと話して、晴明の屋敷の庭へ
藤の花を、植え替えて欲しいと晴明と朝陽に頼み込み、その姿に心打たれた、晴明と朝陽は聞き入れ、黒トカゲと藤の花は化身となり晴明が朝陽の式神にした。
☆
晴明と朝陽は、屋敷への帰り道、話し合っていた。
「朝陽……お前は、陰陽師になりたいと言っていたな?」
「そうだけど」
「陰陽師には、冷静さが必要だ。お前は熱くなりすぎるのが、玉に
晴明は、人差し指を横に振る。
「うー!」
眉間にしわを寄せる朝陽。
「ふっ、まあそう、うなるな」
晴明はクスリと笑った。
「これからは、冷静さを身につける授業も光栄に話しておこう」
「えっ? 陰陽師になってもいいの!?」
ぱあっと、顔を明るくする朝陽。
「いや、そこまで言っていないぞ? 人には冷静さも必要という事だ」
「もうっ、父様ったら、相変わらず厳しいっ!」
「ともあれ、お前の本気さは受け取った。いずれまた…な」
晴明は意味深な笑みを口元に浮かべた。
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