第五十四話・完結編1「朝陽と雪花」

 美夕は白月と朝餉を作っていた。今日はごはん、納豆、川えび入りの玉子焼き。

 青菜のごまあえ、きのこと豆腐の汁物。

 この時代は一日二食だが、晴明と道満の休日の日なのでなかなか、豪華な朝餉だ。



 朝早く起きて遊んでいた朝陽あさひが、とたとたと足音を立ててかけてくる。

 炊事場の前でピタッと止まると、そろっとのれんのすき間から小さなかわいい顔がのぞいた。

 この朝陽という子は、晴明と美夕の娘だ。美夕似で、晴明ゆずりの紫の瞳をしている。


「母さまー、白月ちゃん。ごはんまだ~?お腹すいた~」

 まだ、幼く舌ったらずで彼女独特の唄にのせて聞いてくる。その様子がとても愛らしい。

「朝陽ちゃん、待っててね」

「朝陽、今日はえび入り玉子焼きがあるわよ~」

「わーい、母さまの玉子焼き、だ~いすき!」


 朝陽はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。

 美夕は朝陽の髪をクシでとかしている。

「はいっ、終わったわよ。今日もかわいいわ。」

「えへへ、あんがと。母さま!」



 朝陽は嬉しくて美夕に抱きつく、優しく抱きしめる美夕。

「母様は、ごはんを運ぶから朝陽は、父様と道満兄様を起こしてきてね!」

「はーい」

 朝陽は晴明の部屋に行く途中、晴明の式神、黒月と会った。


 相変わらずのぶあいそうな鬼神に朝陽は、少しも恐れずたずねた。

「おはよ。ねえ、黒月ちゃん! 父さまは、まだ寝てる?」

 黒月の眉がピクッと動く、機嫌が悪そうだがこれでも、朝陽に声をかけられて嬉しいのだ。


「晴明は、朝の清めを行っている…それとな」

 道満と同じ、ちゃん付けはやめろと教えようとしたが朝陽はあんがとと、礼を言うと

 また、とたとたと走って行ってしまった。


 朝日は、廊下を通って道満の部屋に来た。いきおいよくふすまを開ける。

 道満はいびきをかいて寝ている。

「どーまーんちゃーん!」

 朝陽は道満の腹に飛び乗った。

「ぐふあ!?」道満はびっくりして飛び起きた。

「痛てて! あー、朝陽ちゃん」


 道満はすっかり、目が覚めてしまった様子で朝陽の姿を目を丸くして見た。

「今日のめしは、何だったかな?」

「母さまのえび入り玉子焼き~」

「美夕ちゃん特製のえび入り玉子焼きかー、あれ、美味いんだよな。よっし! 朝から運がいいぞー」


 にかっと笑うと朝陽の頭を撫でて、顔を洗いに行った。

「父さま、どこかな?」

 道満の部屋から出てきた朝陽が廊下を走っていると、廊下に鏡がかかっていた。

 朝陽はいつものように思わずのぞいてみる。


 しかし、映ったのは白い髪、薄い蒼の瞳のどこか、はかなげな美しい女性だった。

「きゃー」

「朝陽!」

 その悲鳴を聴いて、急いで晴明が駆けつけた。

「朝陽、どうした!?」


 晴明は、朝陽を心配して、目線の高さまで腰を下ろし顔をのぞきこむ。

 朝陽の瞳の色が紫から、薄い蒼色へと変わっている。

「父さま、鏡に映ってたの。白い髪のおねえちゃん」


 朝陽はぼうっとして、晴明を見ている。

「これは、朝陽の中にあの者の人格が。篁を呼ばなくては……」

 晴明は式神を篁の元に飛ばした。



 ☆+☆


 小野篁おののたかむらは午後に、晴明の屋敷を訪れた。

 篁が朝陽を診ている。

「これは、やはり、雪花せつかの魂、人格が蘇りつつある」

「それでは、氷獄鬼ひょうごくきが朝陽本人に成り代わってしまう、危険性は?」

「それはない、あいつは朝陽であり、雪花なんだ。

 危険があるなら……お前に転生を任せなかったし、

 雪花は、子供の身体をのっとるような。女じゃねえよ」


 晴明と美夕、道満はほっと胸をなでおろして安心した。

 篁は朝陽の中の雪花に問いかけた。

「雪花、オレだ篁だ。わかるか?」

 朝陽の瞳の色が、すうっと青く変化する。


「ん、篁ちゃ……いえ、篁様。はい雪花でございます。ずっと、お逢いしたかった」

 しかし、雪花は心配そうに言った。

「篁様、ひとりの人間の中にふたり意識があるということは、幼い朝陽にも、危険だと思いますわ」

「心に多大なダメージがかかってしまいます」


 それを聞いて晴明も、美夕達も心配そうに見ている。

「でも、ご心配なさらないでくださいませ。わたくしの意識はもうじき、薄れ消えます」

「駄目だ! 雪花と二度と別れたくない!」篁は首を左右にふった。

「篁様、どうかご理解ください。晴明様にも、美夕さんにも娘が不幸になったら気の毒ですわ」

「朝陽はわたくし。それは、変わらないのですから、篁様いつも、わたくしの心はあなた様とともに」



 雪花の瞳から涙が流れ、頬を伝った。

「雪花!」

 篁は朝陽の姿をした雪花をゆさぶった。

「篁ちゃん。どうしたの?」

 朝陽は、不安そうに篁をあおぎみた。


「雪……花」

「いたいよ。篁ちゃん」


 篁は朝陽を抱いて、静かに泣いた。

「篁、氷獄鬼。娘のためにすまぬ……」

「篁、雪花ちゃん。許してくれ」

「篁様、雪花さん。朝陽のためにごめんなさい。ありがとうございます」


 晴明、道満、美夕は雪花が朝陽のことを思い

 決断してくれたことを、涙を流しながら感謝した。

 ありがとう雪花。オレはお前を、朝陽を永遠に愛していくぜ!




 ☆+☆

 ――次の日。


「篁ちゃ~ん!」

「ん? どうした。朝陽」

 朝陽が篁に抱きつく。篁も優しく抱き留めた。

「あたしね。篁ちゃんのお嫁さんになるの~!」


 ガーン!


「よよよ、嫁だと? 朝陽、私の嫁になると言っていたではないか!」

「だって、父さまには、母さまがいるでしょ!」

 朝陽は、篁の頬に口づけをした。

 晴明は、石で頭を殴られたようなショックを受けた。


「これは、敵わないですね。晴明様?」

 美夕はくすくすと、笑っている。

「オレはずっと、若いままだからな~。可愛い妻が欲しいな~」

「決めた。晴明! オレは朝陽が、成人儀式の裳着もぎを迎えたら嫁にいただくぜ」


 篁は不敵な笑みを浮かべた。

「何だと!? 朝陽は、お前のような古ダヌキにはやらーん!

 美夕、おまえも何とか言ってくれ」


 晴明は顔がこわばった表情になった。

「あら? うふふっ。私は今の篁様は、朝陽の婿候補に良いと思いますよ。私も篁様の味方について、しまおうかしら?」

 美夕は、面白そうにコロコロと笑った。


「何と、美夕! 朝陽! 私は、許さぬぞ――っっ!」

「道満、お前は私の味方だよな!?」


 晴明は冷や汗を流しながら、道満の肩に手を置く。

「晴明ちゃんごめん。篁は友だし。それに俺、美夕ちゃんと朝陽ちゃんの味方でもあるから」

 道満は手を合わせて晴明に謝った。


「道満まで~!?」晴明はめまいを覚えた。

「あたしね。み~んな、だいすきだよ~」朝陽は無邪気に笑った。

 その時、美夕は吐き気をもよおして急いで炊事場に走って行った。

「どうした? 美夕」


 晴明が美夕を心配して、炊事場に入り背中をさする。

「まさか、おまえ」

「はい、晴明様。実は……私、お産婆さんに診て頂いたのですが、お腹に二人目のややこがいるそうです」

「何と、でかしたぞ。美夕!」



 美夕は頬を染めて、にっこりと微笑み、

 晴明は震えるほど喜び、美夕を愛しそうに抱きしめた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 完結編2・最終「安倍晴明物語☆夢幻の花は咲く」に続きます。

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