第五十一話「永遠の誓い」

「ああっ…」

 美夕は両手で顔をおおって力なく泣き崩れた。

「みんな、みんな私を置いて、行ってしまった!」

 今まであんなに気丈にしていた、美夕が膝をついて泣いている。

「私がいるよ。いつまでも、お前と一緒に。案ずるな。道満と篁は必ず帰って来るから」

 晴明は涙を静かに流し背中から抱きしめた。

「晴明様…」


 晴明の温もりに触れて美夕は、力が抜けて戦いの疲労とあまりの悲しみに気を失った。

「炎獄鬼らに殺された村人たちは手厚く葬り、

 村はわしが村人と立て治す。お前は美夕殿と屋敷に帰るが良い」

「ありがとうございます。お師匠様」


 晴明は美夕を抱き、青龍に乗って屋敷に帰っていった。

 村には平和が戻り復興に向けて伯道と村人達は尽力した。

 村人達は晴明達を村の守り神として語り継ぐと決め、石碑をつくった。

 それから伯道上人は国に帰るまで村で暮らした。




 ☆


 数か月後……

 晴明は美夕を自分の部屋に呼んだ。

「美夕、今一度。私の真名まなを教えよう」

「でも、晴明様。私は…」

 美夕は涙を浮かべて、悲しそうにうつむいた。

「過去の事はもう良い。私の最愛の女人にょにんには

 知っていてもらいたいのだ」

「ありがとうごさいます。晴明様っ…」


 晴明は美夕にだけ、聴こえるような小さな声で耳にささやいた。

「私の真名は……だ」


「それでは、私のなかに封印致しましょう…もう二度と何者にも汚されないように」

 美夕は、両手を胸に当てまつげをふせた。


「私たちは混血だが、化け物ではない。人とあやかしの仲介役として、誇りを持って生きていこう」

「はい。晴明様」

「これは、私が育てている花だ。これをお前に」


 晴明は、美夕に綺麗な青紫色の桔梗を差し出し花の束から一輪抜いて

 美夕の髪にさして、残りの花束を手渡した。

「わあ…! ありがとうございます。きれいな色の桔梗。まるで、晴明様の瞳の色みたい…」

 無邪気に喜ぶ美夕に晴明は、真剣なまなざしで見つめた。

 心臓がはねるように高鳴る美夕。


 しかし、晴明はブルブルと震え、彼らしからぬ、弱音を吐露とろした。

「私は過去に罪を犯した…生きるためとはいえ、様々な罪を。

 そして、妖弧で陰陽師である限り、これからも

 アヤカシを殺めて生きてゆく。平和のためなどとそれは偽善だ!

 私は、お前にふさわしい男ではないのかもしれぬ」


 美夕はそっと、晴明の手を取り語りだした。

「――晴明様。私も襲ってくるアヤカシを殺め、

 ひもじさから、食べ物を盗んだことだって…晴明様がそうなら、私も偽善者です。

 でも、この時代。罪を全く犯さない人など。本当にいるのでしょうか?

 不謹慎ふきんしんですが。それを聴いて、私は少し安堵しているのです。

 今でさえ、お優しい晴明様がもしも、聖人のように清廉潔白せいれんけっぱくだったら…罪深い私を受け入れてもらえるだろうかと。

 ずっと、考えていました。私は、自らの父を殺めようとしていたのですから」


 晴明は、ふせていた顔をあげ、美夕の頬を両手で包んだ。

 美夕は涙ぐみながら優しい微笑みを浮かべた。


「美夕……」

「それでは、私と共に生きてくれるか? 私と生きる道は人のそれとは違う。

 人並みの幸せとは程遠いかもしれない。それでも良いなら

 私の妻として、ついてきてほしい」

「はいっ。あなたとならどこまでも…ふつつかものですが、よろしくお願いします」


 美夕は頬を染めて感極まり涙をあふれさせた。

 晴明は安堵の溜め息を吐き、人差し指で美夕の涙をすくった。

「ああ。幸せになろうな」美夕は私が支え、晴明様は私が支える。

 支えあうと誓ったふたりは寄り添いほうようを交わして唇を重ねた。



 晴明と美夕はその後、皆に祝福されて、ささやかだが温かな祝言を挙げ夫婦となった。

 長い間孤独を抱えてきた二人は、苦難を乗り越え、ついに結ばれた。

 ただ、その場に一番に祝福して欲しい人達がいないのが、何よりも、美夕は胸を痛めていた。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 次回、最終話で本編が終わります。

 少しだけ続編をご用意しています。

 よろしければ、最後まで、よろしくお願いいたします。

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