第四十三話「巫女の神通力」

「篁様!」

「道満様!」

「晴明様、しっかりなさってください!」


 美夕が血相を変えて、三人の体を交互にゆする。

 晴明達は、目をぽっかりと開け、苦しそうにうめいている。

 晴明達が幻術に捕らわれてしまった今、もう、頼みの綱は美夕しかいなかった。


 美夕は、その様子を見てはっと、気が付いた。

 そういえば、巫女の授業で、幻術を見せられた時の症状を、習ったことがある。

「今、お助けします!」

『そうはさせるか!』

 炎獄鬼は悪鬼のごとく、我が子である美夕を蹴飛ばした。

「あうっ!」

 美夕は蹴られて、もがき苦しむ。


 炎獄鬼はもう一度、蹴ろうとした、

 だが、美夕は炎獄鬼の足にすがり、炎を付けた。


『ぐああっ、クソッ! 小娘えっ!』

「うあっ!」


 美夕は炎獄鬼に何度も足蹴にされて、何度も、地面に体を叩きつけられる。

「くははは! 貴様ごとき小娘に俺の計画は、狂わせないぞ!」

 しかし、美夕は痛みに苦しみながらも、清めの力を発動させた。


「今こそ、巫女長。賀茂優子様のお教えを、示す時です!」

「清流の加護かごよ……祈りの言ノ葉を持って。邪気を祓いたまえ、清めたまえ」


 邪気を祓う聖光せいこうが晴明達を包み晴明、道満、篁は何と、正気に戻った。

「良……かった」

 それを確認し、美夕は力なく地面に、倒れ伏した。

 目覚めた晴明は、傷だらけの美夕の姿に青ざめた。


「美夕!」



 晴明は美夕に駆け寄り、急いで治癒ちゆの術をかける。


「大丈夫か、美夕。感謝するぞ。お前のおかげで、皆、幻術から覚めることが、出来た」

「せ、晴明様……」


 美夕は気がついて、安堵の息を吐き、晴明を仰ぎ見た。

 晴明は、美夕を起き上がらせた。

 晴明は恋人をこんな目に遭わせた、炎獄鬼に地獄の炎のような、激しい怒りを覚え睨みつけた。


『グオオオオ!!!』


 炎獄鬼は恐ろしい、鬼とも獣ともつかないおたけびをあげた。

 かまいたちの、衝撃波が発生し、晴明達を呑みこんだ。

 とっさに晴明、道満、篁が美夕に次々と、おおいかぶさった。


 着物が切り裂かれる、傷だらけになり、上半身があらわになる。

「ああ、晴明様、道満様。篁様!」

 痛みにもだえるが、美夕を守ろうと必死に耐える。


 ――どうしよう、私どうすれば。


 美夕は怖くて、震え涙がこぼれそうになった。

 その時、母の言葉が、脳裏によみがえってきた。


 ――美夕、女だってね。守られてばかりでは、いけませんよ。

 時として、好いた殿方をかばえるくらいの。肝ったまを、みせなくてはね――


 美夕の目がカッと、見開かれた。

「晴明様、道満様、篁様! 私が活路を開きます!」

 美夕は手を合わすと、浄化の祝詞をささげた。


「――高天原たかまがはらにおわします、浄化の精よ。荒ぶる凶心を鎮めたまえ、清めたまえ」

 一直線に光が伸び衝撃破をねじまげ、浄化の力が降り注いで炎獄鬼をひるませた。

『おのれ! 小娘』


 晴明達は、奇跡的な能力を見せた、美夕を一斉に見た。

「皆さん、今です!」

 晴明達は、この好機を逃さず、炎獄鬼へ攻撃を、仕掛けた。

 晴明、道満、篁は三方向に陣取り武器を手に取って、構えた。


『貴様ら…許さぬぞ! さっさと生き肝を、よこせええええっっ!』

 炎獄鬼は太い腕を振り回し、篁へは、大蛇の尾を伸ばして来た。


 晴明は、爪の攻撃を、吹雪刀でそらして右へ飛びのきざまに、切りつける。

 道満は、錫杖で爪を受け止め、上へそらし、くぐり抜けて鋭い爪で切りつけた。

 篁は手強い尾の大蛇の攻撃を、一手に受けている。蛇が牙をむき、襲いかかってきた。


『シャー』

「チッ、 蛇め!」


 篁は攻撃をよけ、刀で突いた。蛇は突きをよけ、篁の左足に、噛みついた。

 牙は、篁の太ももに刺さり、容赦なく毒が注入される。


「ぐっ、この蛇野郎!」


 蛇の頭をつかんで、喉の奥を刺した。蛇は、たまらず口を開け、篁から離れた。

 篁は素早く、太ももを布できつくしばり、解毒剤入りの注射器を、刺した。

「はあっ、はあ……! この、化け物が! これが、美夕達の父親かよ!」

 無造作に前髪をはらって、脂汗をぬぐい、蛇に向き直った。


 篁は晴明と、道満を横目で見た。それぞれ、防御と攻撃で手いっぱいだ。

 こちらも、大蛇が舌をちろちろと出して、鎌首をもたげている。



 ◇ ◆ ◇


 美夕の方は、今誰も守る者がいない。

 篁は戦況を見ながら、美夕に隠れていろと合図を送ろうとした。

 蛇はそれを逃さず、篁をまた襲ってきた。


「きゃあっ! あぶない、篁様!」

 美夕は、懸命に祈った。清めの光が放たれる。

『シュー、シュー』

 その瞬間、蛇の動きが、鈍った。

「流星突き!」


 小さく踏み込み篁は、大蛇に星の力をまとった、突きを食らわした。

 鋼のようなうろこに、刀をはじかれたが、足を踏みかえ、

 蛇の目を見事に突いた。


『シャアア―!』


 何と、鋭い痛みに蛇はいきりたち、毒の霧を吐き出した。

「いけない! 皆、息を止めて。口と鼻をふさげ!」

 篁は、着物のすそで口と鼻をおおい、叫んだ。


 それを聞いた、晴明と道満は口元をおおったが、遠くにいる美夕には、全く聞こえなかった。

 離れているにもかかわらず、美夕にも、容赦なく毒の霧は迫った。

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