安倍晴明物語夢幻の月・番外編
番外編【アシヤ】
これは道満がまだ、晴明や美夕に心を許していなかった頃の話である。
美夕は徐々に明るさを取り戻していき、晴明と美夕は絆を深め、本当の家族のようになりつつあった。
また、この時期から蘆屋道満という身体の大きい法師が、弟子として屋敷に入ってきた。
まなざしを時折見せることもあり、晴明はなるべく、道満と美夕を二人にしないよう気をつかった。
朝餉は、ご飯とサトイモといんげんの汁物。白身魚の焼き物、かもナスの漬物だ。
「はい、蘆屋様。ごはんですよ」
美夕は、にこやかに道満にごはんをよそった御飯茶碗を渡した。
「ああ、ありがと。美夕さん!」
道満はごはんを受け取り、湯漬けにして、焼き魚と一緒にがっついた。
晴明は、弟子という情に流されず油断のない目で、今の状況を冷静に分析しようとしていた。
道満の人懐っこそうに見えても、美夕へのザラッとした声の微妙なトーンを
彼は、聞き逃していなかった。晴明は味噌汁を飲みながら、冷めた目でチラッと、道満を横目で見た。
道満は、気づいていないのか、変わらずにこにこしている。
◇ ◇ ◇
晴明や美夕が、寝静まった夜ふけに道満は、美夕の部屋に忍び込んだ。
道満のふところには、晴明の部屋から盗んだ。門外不出の陰陽道秘伝書「
「あの男から、秘伝書は盗めた……。後は、あの娘を殺してここから逃げるだけだ。
炎獄鬼のヤロウ。親子共々、地獄へ送ってやるぜ!」
道満は、美夕を始末する為に寝床に近づいた。
美夕は安心しきった顔で、静かに寝息をたてている。
道満は、本来の優しい心に不釣り合いな、殺意に押しつぶされそうになっていた。
先程から、動機と冷や汗が止まらない。
「おのれ、いまいましい。炎獄鬼の娘め!息の根を止めてやる……!」
道満は何と、眠る美夕に馬乗りになり、首に手をかけた。
大きく硬い、筋張った男の手のひらは、か細い少女の首など花を摘むように
たやすく、折ってしまえるように思えた。
だが、美夕の自分に向ける優しい言葉、明るい笑顔が、脳内を駆け巡り胸が締め付けられる。
両手が、おのれのしようとしている罪の意識で、ぶるぶると震える。
その時、晴明が道満の背後に現れ、道満の着物のえりをつかむとそのまま、庭に瞬間移動した。
晴明は地面に道満を放り投げ、術をかけると縄が蛇のように体を縛り、晴明は道満の胸倉を掴んだ。
「泳がせたおかげで、お前の動きがはあく出来た」
「どういうつもりだ。蘆屋道満! 秘術書を盗むのみでは、飽き足らず。美夕をも、始末するつもりだったのか!?」
「ふん、その通りさ! あの、のんきな娘と違ってあんたはずっと、俺を警戒してたよな……。さすが、都の陰陽師サマってとこか?」
「女みてえな顔して、抜け目のない奴だぜ……何もかも、見透かしたような目をしやがって!」
道満は、悪態をついて晴明を睨み返した。
「答えろ! お前は、何の目的で私の弟子になったのだ!?なぜ、美夕をそれほどまでに憎んでいる?」
道満は、視線を狼のように鋭くギラつかせ、晴明を射抜いた。
「――俺の目的は、お前の秘伝書を奪うこと。そして、俺の父をかどわかし、母をも喰い殺した、美夕の父親に復讐をすることだ!」
それを聞いた晴明は、道満の闇の深さ、心の傷の深さに思わず胸が詰まった。
(そんなことは、私がさせぬが。先程も、殺めようと思えば、とっくに美夕を殺められたはずだ。この男にはまだ、良心が残っている。まだ、間に合うかもしれない)
そう考えた晴明は決意をし、ゆっくりと頭を下げて、静かに心を込めて道満の良心にうったえかけた。
「蘆屋……。お前の恨みがどれほど深いか、私にはわからないが。秘伝書は、持って行ってかまわない。だが、美夕を殺めるのだけは、考え直してくれないか?」
「あの娘は、鬼の父に母を喰い殺された、あげく。父親に殺されかけたのだ。故郷も焼き尽くされた。やっと……やっと。ここまで、回復したのだ。
お前の苦しみも、解らなくもないが、あの優しい娘をこれ以上、苦しめないでくれ。頼む」
「お前に俺の何が、解んだよ……!」
言葉では反発しながらも、晴明の優しさ、
そこに土下座をしている晴明の姿に驚いて、美夕が屋敷から出てきて、晴明をかばった。
「美夕! 部屋に戻れ」
晴明は、眉を吊り上げ言ったが
「いいえ、晴明様」美夕は首を横に振った。
(怖い! でも……)
美夕は、青ざめ震えている。
「蘆屋様! 話は少しだけ、聞かせていただきました。私、蘆屋様が私を嫌っているのをうすうす、気づいていました……」
「何だよ! お前、馬鹿にしやがって! それなら、俺がどんな人間か。ちっとは、解ったんだろ?」
道満は怒鳴り、美夕を
美夕は縛られながらも、睨んでくる道満を見て胸が、締め付けられる思いがした。
「私は、少ししか聞いていないし、あなたのことは、よく分からないけど……。でも、一緒に住んでみて蘆屋様がとても、温かいのと、とても、辛そうなのは伝わってきました」
「蘆屋様、私と晴明様がいます。もう、苦しまないでください」
美夕は、涙を浮かべ優しく道満を抱きしめた。
「み、美夕さん……! 俺のこと、怖くないの?」
「こんなことがあって、少しまだ、怖いけど……私は蘆屋様のことが、なぜだか。どこか、懐かしく思えているの」
道満は、あまりの出来事に驚愕し、涙を浮かべて頬を赤らめ心臓をわしづかみにされるような感覚を覚えた。
「――ありがとう。ごめんな! こんな俺を、俺はやっぱり、美夕さんが好きだ!」
道満はたまらず、号泣して土下座をした。
「師匠、美夕さん。すんませんでした! こんなことをして、虫が良すぎるかもしれないけど……たのんます。ここに置いてください」
「次に俺が、何かしたら容赦なく、
「蘆屋様……」
美夕は、道満の真剣なまなざしに涙で目が潤んだ。
「うむ、解った。蘆屋道満。そこまでの覚悟なら、お前の願いを聞き届けよう!」
「良かったですね。蘆屋様」
道満は、晴明に謝り、秘伝書を返した。晴明と美夕は、道満の頼みを受け入れ共にまた、住むことになった。
道満は、賀茂保憲に本職の法師陰陽師の仕事の他、しじみ売り、八百屋。
自慢の剛力を活かしての仕事も紹介してもらい、少しでも食費や生活費などを稼いで、二人に恩を返そうと仕事にはげんだ。
道満はいつしか、二人の本当の家族のような存在になり、また、晴明のことを師匠というより弟のように思い。
そして、美夕の晴明への気持ちに気づきながらも、美夕への淡い恋心をつのらせていった。
屋敷は、三人がそろう日は、笑い声がたえることがないようになった。
母を無残に亡くした風獄鬼の養子、道満は何物にも、代えがたい家族が出来た。
道満は晴明の元で、修行をしながらいつか、父を救い出し、秘術で母を生き返らせ共に暮らすことを夢見た。
のちに、美夕に異母兄妹という真実を、語ることになる。
🌛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌛
蘆屋道満の過去の話です。
「番外編集」の方にも、同じものを掲載しました。
次回は、本編に戻ります。
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