第四十一話「霧の中の蘆屋道満」

 霧深い中を道満は歩いていた。

「あれ? ここはどこだろう。俺は、炎獄鬼と戦っていたはずじゃ……。

 美夕ちゃんや晴明ちゃん。篁は大丈夫かな、早く戻らなくちゃ!」

 目の前に茶髪の少年が現れた。一瞬で林に囲まれた村の風景が広がる。



 幼い少年は、同じ村の子供達にいじめられて泣きべそをかいている。


「やーい、やーい! 風太は鬼の子! 鬼の子!」


「うわーん、わーん!」


 そうだ、これは童子の頃の俺の記憶。俺はいつも、村の悪ガキにいじめられてそれで……。


「風太の父ちゃんは鬼だ! 食われるぞ。こええぞ!」


「ちくしょう! おれも、父ちゃんも鬼じゃないっ! 人間だ!」


 風太はいきりたって相手に噛みついた。

「わー! こいつ、噛みついた! 母ちゃーん」

 子供は、べそをかきながら逃げていった。


 よっしゃ! よくやった。俺!

 道満は、思わずガッツポーズをした。

 場所が小屋の中へと移る。



 ここは俺の家だ……。あの惨劇が起きた場所……

 あの夜、親父を鬼だとふれまわっていた男が、村の奴らを集めて襲撃して来て

 養父ちち、風獄と母さきは村人達と対峙した。俺は押入れに隠された。

 リーダー格の男は、親父とおふくろを炎獄鬼という鬼にささげれば、村は栄えるとほざき、村人はそれを信じて欲を出した。


 今思えば、すでに奴に操られていたのだと思う。

 親父が押さえつけられ、おふくろが人間の男の姿から正体を現した、炎獄鬼に食われそうになってる!


 父ちゃん……母ちゃん……

 ガキの頃は弱くて、守られるばかりだったけど。今の俺なら! 守ることができる!


「親父! おふくろ!」


 道満は願いを込めて思い切り、手を伸ばした。

 だが、道満の手は母と父をつかめず、すりぬけた。遠くから勝ち誇った高笑いが聞こえる。


「何でだ! 何でだよ! ちくしょう!」


 ふたたび、繰り返す地獄のような悪夢、母のさきが目の前で炎獄鬼に食われていく。

 養父ちちの風獄が捕らわれる。


「やめてくれ! もう、二度と見たくない!」


 目の前が一面の赤に染まる。

「うああああ!」


 俺の村は、たった一晩で炎獄鬼とその手下の鬼どもに滅ぼされ、齢五つの年で、親父とおふくろを失った俺は、炎獄鬼に復讐を誓った。



 ◇ ◇ ◇


 その後、旅の法師に拾われた俺は、親代わりの法師を師匠とあおぎ、師匠の故郷、播磨はりまで師匠に鍛えられた。

 師匠は、播磨流陰陽師と呼ばれる人だった。


 晴明が、都の宮廷に仕える、宮廷陰陽師なら師匠は闇で、民間の人々から仕事をうけおう法師陰陽師。

 中には呪い呪殺何でも、うけおう奴もいたが。

 師匠は温厚な性格で、復讐に捕らわれた俺でもいましめ、厳しくも愛情深く育ててくれた。


 成長した俺は、蘆屋道満と名を改め、播磨流陰陽師になった。

 師匠と別れて炎獄鬼を探し、長い放浪をして京に来た俺はやっと、憎いかたきの情報を得ることが出来た。

 炎獄鬼は、別の女と所帯を持ち子供をもうけたという。


 俺は、安倍晴明という陰陽師が、泰山府君の祭たいざんふくんのさいという死者をも復活させる、

 術を覚えられる秘伝書を持っているという話を聞き、秘伝書を奪うためもあり、炎獄の娘を拾って養っているという。

 その陰陽師の屋敷にまんまと転がり込んだ。


 最初は俺達、親子を不幸にした、炎獄の娘に復讐してやろうと思っていた。

 だが、俺には出来なかった。俺と同様、故郷を失い炎獄に殺されかけ、母まで食われた腹違いの義妹ぎまいを手にかけられなかった。俺は心まで、奴に奪われてはいなかった。


 何より、晴明と美夕の心根と優しさに癒され、美夕に惚れてしまった。

 俺は、美夕ちゃんと晴明ちゃんに救われていたんだ。

 ごめんな、親父、おふくろ……俺は。立っていた地面が崩れ、道満はまっさかさまに落ちていった。


 🌛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌛

 次回は、番外編です。番外編集に掲載する予定ですので

 よろしければ、ご一読ください。

 本編のみで読みたい方の為にこちらにも掲載します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る