第三十六話「絶望」
炎獄鬼は、倒れている晴明から、生き肝を取り出すため鋭い爪を振りかざした。
「待て! 炎獄鬼!」
寸でのところで、割って入ったのは、篁だった。
篁は横から、晴明をかっさらうと物陰に避難させ、腰に下げている愛刀、流星刀を抜きかまえた。
「来い! 炎獄鬼。オレが相手だ!」
「篁か……冥府の犬風情が生意気な! 行け!道満、美夕!こいつは半端だ。殺してしまえ!」
炎獄鬼は道満と美夕を篁に放った。
「チッ! 美夕まで、鬼にしやがってこのクズがっ!」
篁は、道満と美夕の攻撃をかわし、美夕に
「うっ!」
美夕は気絶をして前のめりに倒れかかる。
篁は美夕を抱え切なげな表情をして、「ごめんな」とつぶやくと蓮獄犬に晴明と共に任せて
◇ ◆ ◇
道満を押し戻した。
さすがの篁もここまで、到達するまでのしもべ達との戦いで、
篁は間合いをとって、素早く離れた。苦しそうに息を乱す。
◇ ◆ ◇
突如、篁の背後から閃光が放たれた。
閃光は道満に直撃し何と、みるみるうちに元の姿に戻っていく。
「なにっ、これはどうしたことだ!?」
炎獄鬼が
「――久しいのぉ、冥管、小野篁殿。助太刀するぞ」
「あなたは、
その老人は、晴明の中国での師匠、仙人の伯道上人だった。
晴明は、伯道上人に加勢を頼んでいたのだ。
「このジジイ! よくも、道満を!」
炎獄鬼が、顔を真っ赤にして襲ってきたが、伯道が杖をかざし呪文を唱えると篁、道満、三人の姿が、
◇ ◆ ◇
篁達は洞窟から離脱して、山深くの小屋に少しの間、身を潜めることになった。
木戸の隙間から日差しが差し込み、小屋の外から鳥の鳴き声がする。
美夕は山小屋で目を覚ました。
「ほっほっほ……目を覚ましたかね?お嬢ちゃん。わしは、伯道上人。晴明の師匠じゃ」
穏やかな、微笑をたたえて伯道上人が座っていた。
「そうですか、伯道上人様……。晴明様のお師匠様なのですか?
私は炎獄鬼のところにいたはずでは?」
どうやら鬼にされて、晴明を傷つけたことは、覚えていないらしい。
道満、篁、白月、黒月がいろりを囲んで深刻な顔をしている。
まるでお通夜のようだ。そこにいるはずの晴明の姿がない。
美夕は、晴明の姿を探した。晴明は奥に寝かされていた。
胸と腹に巻かれた包帯が痛々しい。しかし、肝心の精気が感じられなかった。
美夕の心臓はドクンとはねた。
「美夕ちゃん……」
道満が肩を抱く。美夕は、ガタガタと小刻みに震えている。
「美夕ちゃん……仙人の術で、身体は保っているけれど。晴明ちゃんはね。死んでいるんだよ。」
「炎獄鬼に腹を
道満は涙を流して床を叩いた。
「えっ……うそよ。晴明様は、お強いですもの。道満様、泣かないで? 晴明様はほら、今もちゃんと生きてる」
美夕は震えながら、晴明の胸に耳を当てた。
しかし、晴明の心臓の鼓動は、いつまで経っても聴こえてこなかった。
普段の時と変わらない姿、まるで眠っているかのよう。
美夕は、一気に青ざめた。追い打ちをかけるように
脳裏には、鬼女にされている間の記憶がよみがえってきた。
非情な父の術にかかり、鬼女になった自分が
愛する人を傷つけ、信用されてたくされた、真実の名を
操られていたとはいえ、自分から敵にもらし、
美夕みずから晴明を死に追いやってしまった。
晴明の最期の表情が、言葉が、姿が焼き付いて離れない。
美夕の小さな胸が、潰れるかと思うほど、締め付けられる。
「あああ! なんてこと。晴明様。私が、私があなた様をこんなことに!
ごめんなさい、ごめんなさい!」
美夕は、晴明に追いすがって声を張り上げて泣いた。
道満も篁も白月、黒月も涙を流してうつむいている。
その時、伯道上人が美夕達を
「これ! お前たち、何を湿っぽくしておる! 無念だったのは、お前達だけではない。晴明もなのじゃぞ!」
「我が弟子は、人一倍お人よしじゃからのう……お前達を鬼にされたのが、一番の無念じゃろうて」
慈悲深い目を伯道は晴明に向けた。
「そこでじゃ、わしが秘術で晴明を蘇生させる」
「晴明様のお師匠様! そのようなことが、可能なのですか!?」
「しかし、伯道殿。そんなことをすれば、あなたの命を削ることになるのでは?」
篁が伯道の身を案じる。
「なに、この老いぼれの命。未来ある若者のためになれば本望じゃよ」
伯道はカッカッカと笑った。
「篁殿、美夕殿、道満殿。白月、黒月も力を貸しておくれ」
「はい!」
その時、道満が口を開いた。
「待ってくれ! 仙人のじいちゃん! 残念だけど、俺はその力にはなれない。」
「どうして? 道満様。」
美夕は驚いて道満に問い掛けた。
「うん、ごめん。きっと今頃、奴は
「俺が炎獄鬼を引き付けるオトリになる! その隙に美夕ちゃんは、仙人のじいちゃん達と晴明ちゃんを生き返らせてくれ。」
「だって、危険です! 道満様おひとりでなんて! 私も行きます。傷を手当てする役は必要でしょう?」
道満は、美夕の両肩をつかんで首を横に振った。
「いや、美夕ちゃんはここにいてくれ。美夕ちゃんと晴明ちゃんは、こんな俺を家族だと認めてくれた。俺は美夕ちゃんと晴明ちゃんのためならいくらでも、強くなれるから」
にかっと笑い愛用の
「よろしく頼んます。仙人のじいちゃん。晴明を、俺の弟を助けてあげて!」
道満は伯道上人に後を任すと、小屋を出て炎獄鬼のいる洞窟の方へ向かった。
その姿を扉の前で黒月が見ていた。
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆
◇今回の登場人物◇
「伯道上人-はくどうじょうにん-」
中国での安倍晴明のお師匠様。
弟子の危機に救いに来たが、救世主となるか?
☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆
果たして、晴明は生き返ることが出来るのか?
お読みくださり、ありがとうございます。
次回もよろしければ、よろしくお願いいたします。
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