第三十七話「泰山府君祭」

 気が付いた時にはすでに黒月はいなかった。

 兄から話を聞いていた白月は、黒月は野暮用があると皆に伝えた。

 晴明の式神である、彼が主の生死のことを二の次にするとは、考えにくい。



 もしかしてと篁は思っていた。

「それでは、蘇生の儀式を執り行う」

泰山府君たいざんふくんさいじゃ、わしの命の光を晴明に渡す」

「やはり、泰山府君の祭ですか……」



 篁は眉根をよせうつむいている。

「そんな。それでは、伯道はくどう様のお命が……」

 美夕は悲しそうに涙ぐむ。

「篁殿、美夕殿。そんなに深刻な顔をするな。この術にかけるしかないのだぞ。

 おぬしらの大事な晴明が、返ってくるのだ……ちっとは、嬉しそうな顔をせんか」

 三人は伯道に習って術式を始めた。



 伯道、篁、美夕、白月は力をあわせて晴明に霊力を注ぐ。

 伯道から命の光が出てきて晴明に吸い込まれていく。伯道の鼓動、脈が弱くなっていく。


「伯道殿」

「伯道様」


 篁と美夕、ふたりはうなだれて泣いた。

 それを見た伯道は慈悲深い笑みで元気づけた。

「すまぬなあ、ふたりとも。苦労をかける。後は頼む……ぞ」



 命の光を移し終わった伯道は目を閉じた。

 同時に晴明の心臓は動き出し、体温が戻る。

 晴明は目を開き、ゆっくりと起き上がった。


「私は……冥府にいたはずでは?」

「晴明様! 晴明様あ――!」

 美夕は晴明に飛びついた。

「美夕……元に戻っていたのだな。良かった」


 晴明は愛しそうに美夕にほおずりした。

「私はなぜ、生き返ることができた? この術の波動はまさか!?泰山府君の祭か!」

「伯道殿が、お前の身代わりになったんだ」

「――お、お師匠様っっっ! そんな!」


 晴明は伯道にすがって号泣した。

 ひとしきり泣いた晴明は涙をぬぐう。

 まだ、悲しみが癒えない様子で美夕が顔をおおいながらいう。


「晴明様、道満様がお一人で炎獄鬼の元に行きました」

「そうか、道満が」

「白月……お師匠様をたのむ。私は、道満の加勢に行かなければならぬ」

「御意、ご主人様」


 白月は両膝をつき深くこうべれた。

「晴明様……真名まなのことと傷つけたこと。何とお詫びしたらいいか」

 美夕は涙を流して晴明に頭を下げた。



 晴明は切なげに美夕を見つめた。

「そのことはもう良い。お前のせいではない……それに私は冥府で、閻魔大王様に新たな真名を頂いた。この戦いが終わったらお前に再び教えよう。」

「でも、晴明様!」

 美夕は言いかけて、晴明に人さし指で唇をふさがれた。

 伯道上人はくどうじょうにんを白月にまかせ、晴明達は道満の元へ急いだ。



 🌛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌛

 次回は、日常編の番外編が2作入ります。

 番外編集に掲載してあるものと同じですが。

 よろしくお願いいたします。

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