第三十三話「光栄」

 いつの間にか、道満がはぐれてしまっていた。

「どこだ! 道満!」

 晴明が、道満を探しながら洞窟の開けた場所に出ると

 そこには、犬神を従えた光栄が待ち構えていた。

「晴明、ようやく来たか!待ちくたびれたぞ! ふふふ。ここから、先は通さん!」

「光栄!美夕を返せ!」


 晴明は、辺りをくまなく見回した。しかし、美夕らしき人影はどこにも、見当たらなかった。

「くくっ! あの、化生女けしょうおんなを探しているのか? あの女ならとっくに炎獄鬼えんごくき様の元だよ!一足遅かったな! のろまめ」

 光栄は、にやにやしながら小ばかにした。

「美夕!」



 晴明は血相を変えて、先を急ごうとしたが。

『グルル……!』

 何と、犬神が行く手をふさいだ。

「ざーんねん! 僕と犬神を殺さなければ。先には、進めないぞ!」


 後ろから、光栄のふざけた声が聴こえた。

「キサマ!」

 晴明は振り返り、光栄を睨んだ。ふと、光栄の胸元を見る。

 すると、小瓶の首飾りが下がっていた。



 中に何か、動いているものがいて、目をこらしてみるとそれは、行方知らずの保憲やすのりに見えた。

「つっ! これは、保憲殿か!? どういうことだ!」

「その通りだよ」

「あの方に、ちぢめていただいたのさ!この人は、僕を軽んじた」


 光栄は軽く笑った。

「ゆけ! 犬神!」

 光栄は、犬神をけしかけた。

 犬神は牙をむき、晴明の頭を噛み砕こうとしてきた。

 晴明は横に飛びのき、呪符をかまえて術を放った。


 風の刃が犬神と光栄を襲う。

「犬神!」光栄は命令をした。

『ガアッ!』咆哮ほうこうで風の刃をかき消す。


 しかし、晴明は不動縛りの術で素早く動きを封じた。

「悪いが、犬神よ! お前と遊んでいる暇はない!」

 瞬く間に晴明は、狂暴な犬神を呪が書かれた木筒に封じた。

「哀れな、犬の霊……私が元に戻してやろう」


 片手をかざした筒がまばゆく光る。

 ヒュン!

 筒の中から光の束が飛び出した。

『きゃん、きゃん!』


 何と、中から白い仔犬が現れて、晴明の足にじゃれついた。

 晴明は仔犬の頭を撫でた。

[炎獄鬼様に頂いた俺の犬神が! くそ!]

 じだんだを踏み、くやしがる光栄は、晴明に襲いかかろうとした。


 その時、小瓶の中の保憲がうめき声をあげて苦しみだした。

「ううう! 苦しいっ」

「保憲殿!」

 晴明は小瓶の中の保憲を覗き込んだ。

「ああ、父上! 父上! そんな。あの方は、大丈夫だと言っていたのに!」


 光栄は青ざめてうろたえている。

「平気で生きる者を殺める者が、そんな保証をすると思うか? お前は炎獄鬼に騙されたのだ」

 晴明は光栄を見やると背中をたたいた。

「私は、お前に賭けてみようと思う。お前にまだ、人の心が残っているなら

 精一杯、命を懸けて父を救ってみせよ……それが、おまえのこれまでの罪滅ぼしとなるだろう」

「光栄、私の兄を頼むぞ!」


 光栄は父が入った小瓶のふたを開けながら言った。

「晴明……僕はまだ、お前を認めたわけじゃない。でも、父上を救えたその時はいずれ」


 光栄は憑き物が取れたような顔になり、真剣な表情で保憲に術をかけ始めた。

 晴明はうなずくと、道満と美夕を探して、洞窟の奥に駆けて行った。



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 次回は第六章に入ります。よろしくお願いいたします。

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