第三十一話「氷獄鬼-ひょうごくき-」
ここは、生け贄の祭壇。村人達は、晴明の入ったかごを祭壇の上に置くと帰っていった。
道満、篁達は岩の後ろに隠れて様子をうかがう。
晴明はかごから降りて、辺りを見回した。こけむした岩が、ゴロゴロと転がっている。
化け物に食われた村人の骨だろうか。
その周りに人骨も散らばっている。晴明は、手を合わせ美夕の身を案じた。
洞窟特有の湿気をおびた空気と薄暗さ。生臭い臭いがよりいっそう、不気味さを漂わせていた。
晴明は警戒しながらすそをついと持ち上げ、祭壇に座った。
洞窟の鍾乳石から、水がしたたり落ちる。
その時、洞窟の奥から、白い髪と透き通るような素肌の女が現れた。
見間違うはずがないあの時、森に現れた
「貴女が今回、生け贄に選ばれた方ですのね? 怖がらないで。わたくしは、氷獄鬼……どうか、こちらをお向きになって」
晴明はゆっくりと、後ろを振り返った。一同に緊張が走る。
氷獄鬼は
「まあ……お綺麗な娘さんですね。でも」
ぴくりと眉を動かした。
「あなたは、この村の名主の孫娘では、ありませんね?それに女でも、ないようですわ! 女のわたくしの目は、ごまかされませんよ! 正体をお見せなさい!!」
氷獄鬼は冷気を口から吹き出し、氷の剣を作り出して、晴明の方に投げつけた。
晴明はチッと舌打ちをすると、軽い身のこなしで飛びのいた。
「その身のこなし……ただ者では、ありませんわね」
晴明はおしろいをぬぐい、花嫁衣裳を脱いだ。
「おまえの言う通り私は、男だ! 女相手に、手荒な真似はしたくない。おとなしく、さらった私の想い人の居場所を教えてもらおうか!」
「お前は、
氷の剣をかまえる氷獄鬼。晴明は様子をうかがっている。
「晴明!」
「晴明ちゃん!」
「あ…あなた様は
「晴明! ここは、オレに任せて一刻も早く、美夕の元へ!」
「何、おまえはどうするのだ!」
「オレは、氷獄鬼を片づけてからゆく! 早く行け――!!!」
「くっ! そうは、させませんわ!」
氷獄鬼は、冷気をつららに変化させて晴明と道満に放った。
篁は素早く駆け抜けると、一気に抜刀し、晴明に迫っていたつららを刀で叩き落した。
晴明は、篁に後を任せて奥へと進んだ。
「そこをおどきくださいませ!篁様!」
氷獄鬼が篁をにらむ。氷獄鬼のまとう、凍てつく妖気で洞窟内に雪が降りだした。
「ここは、死んでもどくことは出来ないな~。きれいな、顔が台無しだぜ? 久しぶりだな。
篁は愛おしそうに氷獄鬼、雪花を見つめた。
雪花ははっと息を呑んだ。
「――その名…雪花という名は、あなた様がわたくしに付けてくださったもの。
わたくしの名がふさわしくないからと、くださったわたくしの二つ名。今でもそう、呼んでくださるのですね。懐かしいですわ……」
「それでも! 愛おしいあなた様とて。
炎獄兄様の邪魔をするのは、許しません! 死んでください!! 篁様」
雪花は、発生させた雪から、しもべの雪男を出現させ、篁を襲わせた。
雪男は、巨体を揺らし篁をこぶしで叩き潰そうとした。
間一髪で避けていく篁。雪男を切り裂くと再生しまた襲ってきた。
「
篁は炎の鳥を操り攻撃した。
ついに雪男はドロドロと溶けていった。
火炎の鳥は雪花にも迫った。
「あぶねえ! 雪花!!!」
篁は自身が傷つくのもいとわず、火炎鳥を振り払い、炎から雪花を守った。
「えっ、篁さま…?」
「わたくしは、敵です。どうして、お助けになられたのですか」
雪花は驚きながら頬を桜色に染めた。
篁は片目をつぶり。
「オレは、おんなを傷つけたくねえんだよ……おまえなら、よく知ってるだろ?それにオレはおまえを……」
頬に触れようとする、篁の手を振り払い。
雪花は
「――でも、閻魔王様のご命令であなた様は、わたくしを抹殺しにいらしたのでしょ?」
篁は雪花を真っすぐ見て、壁に寄りかからせた。
「オレは……今回、氷獄鬼抹殺の任を降りるつもりでいた。たとえ、
篁は雪花を抱き寄せて首、肩に口づけをした。
「ああ……篁様。わたくしは、あなた様を殺めることは出来ない!」
雪花の薄い蒼の瞳から次々と涙があふれる。
その刹那。どこからともなく重厚な声が聞こえてきた。
『閻魔王様、直属の官吏。小野篁よ! 罪人との色恋にうつつをぬかし、任務をおこたるなど。閻魔王様、
篁はびくっと肩を震わし土下座した。
「あなたは
『あきれた男だな……氷獄鬼を殺すか。血筋の者を見捨てるか。
篁、そなたが氷獄鬼の罪をもかぶり、その
篁は迷うことなく、吹っ切れた表情で告げた。
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