第三十話「贄の村」

 ここは、都から離れて南に存在する村。晴明、道満、篁達は美夕を

 さらった犬神を追ってその村まで来ていた。田畑風景が広がる小さな村だ。


「晴明ちゃん、篁……何か、様子が変だよ。ここ、人っこひとりいないし、子供達の声も聞こえない」


 道満があたりを、見回しながら、言った。


「ああ、人の気配はするが……不気味なくらい、静まり返っているな」


 篁は腕を組んだ。

「かすかに……美夕の精気を感じる。ここを、調べてみる必要が、ありそうだ」

 晴明は、気が急くのを抑えて、次の行動をめぐらせた。

 これはこの村に何かが、起こっている。


 晴明と道満、篁はそう思いながら、美夕の情報を集めようと、

 村で一番大きなかやぶき屋根の屋敷に向かった。

 晴明達が屋敷に着くとその屋敷の屋根には、矢が刺さっていた。晴明は戸を叩いてみた。


 すると、白髪の老人が出てきた。身なりは良いのだが

 げっそりと痩せており、顔に覇気はきがない。

「はい……どちら様でしょう」

 男性は、ふりしぼるような小さな声で受け答えをした。

 晴明はそんな男性を気遣いながら


「突然、失礼いたします。私は、都の陰陽師の安倍晴明と申すものです。つかぬことをお聞きいたしますが、あれに見えるは(白羽の矢)なのではないですか?」

 と屋根に刺さっている矢を指さした。


「おお……陰陽師殿! お察しのとおりでございます。ささ!ここでは何ですからどうぞ、中へ!お供の方々もどうぞ」




 晴明、道満、篁は男性に屋敷の奥へと通された。

 居間で晴明達は情報収集をかねて、話しを聴くことになった。

 五年前。突然、のどかなこの村に三匹の鬼が現れ、村人を襲い始めた。


 村人は、無差別に殺されないように。鬼の要求を呑むことになった。

 それは、化生を自分達に差し出せというものだった。


 それから化生がいる家には、白羽の矢が打たれることになり

 村人は生け贄になる恐怖におびえながら、ずっと暮らして来たと

 この村の村長である男性は語った。


「それで、あなたのお孫さんが、生け贄に選ばれたのですね。さぞかし、お辛かったでしょう」


 晴明は話しを聴きながら、うなずいている。


 聞けば孫娘は、父が蛇のあやかし、この男性の娘である孫の母は、人間だという。

「おいで。お鶴や……」

 ふすまに向かって声をかけると、ふすまを静かに開けて、娘が姿を現した。

 外見は美夕よりも、少し幼く感じた。丸顔でなかなか可愛らしい。


 瞳は深い緑色をしていた。生け贄にされることを、嘆いていたのだろう。

 白目が真っ赤になり、まぶたがはれていた。

 お鶴は晴明と目が合うとおずおずと話しかけてきた。


「お初にお目にかかります……陰陽師様。お鶴と申します。その眼の色……恐れながら、あなた様も混血でしょうか」


 娘の不安を解くように晴明は、にこりと微笑んだ。

「ああ……私は、天狐てんこの混血だ。そなたは、蛇の混血だったな」

「天狐の混血!?」


 お鶴と男性は驚いた。

「お鶴ちゃん、何をそんなに驚いているんだい」

 道満がたずねると、お鶴が震える手で、道満達の湯飲みに茶を注ぎながらいった。


「天狐様は……この村を、守護してくださる守り神なのです。昔からこの村には、言い伝えがあって、村に危機が迫った時。天狐様の化身が現れて

 村を救ってくださると、言い伝えられております」


「(そこ)に晴明が現れた……ようするに、晴明に身代わりになれってことだろ? けっ、考えが、せこいんだよっ」


 篁が突然、ふたもないことを言った。

「そ、そんな! ひどいっ!」

 お鶴はわっと泣き出した。

「女の子に酷いこと、いうなよ! 篁! お前は女の子には、優しいはずだろ?どうしたんだよ」


 道満はお鶴をかばった。ふんと、そっぽを向く篁。

「うるせえな……オレは、本心をいえない。晴明の言葉を、代弁しただけだ」

 泣き続けるお鶴をなだめながら、晴明は話しを進めた。

「私どもは、犬のあやかしを追って旅をしております。

 この辺りで、何かを見たという話しは、聞いておりませんか?」


 お鶴ははっと、気が付いて涙で濡れた顔を上げた。

「それなら、私が見ました! 黒い影のようなものが、生け贄の洞窟に入っていくのを。もしかして、あの影が鬼の仲間なのではないでしょうか」


 お鶴は身震いした。

「そうですな。可能性は、あると思う。

 困っている者を救うのもまた、陰陽師のつとめ……調べてみる、必要がある。」

「私が、お鶴殿の代わりに、生け贄となり。その鬼を退治して、参りましょう!」

 晴明は、力を込めてお鶴の手を取った。


「本当でございますか! 天狐様」

「おお! ありがたや。さすがは、守り神様じゃ」



 お鶴と男性は、喜び。晴明達にごちそうを振る舞った。

 晴明は、敵をあざむくためにお鶴に手伝ってもらって、花嫁衣裳を着て、顔にはおしろいを付け、唇には紅がひかれた。

「まあっ! とても、お綺麗ですわ。天弧様」

 お鶴が、見惚れながら鏡を見せた。

「ほう……これが、私か?変われば、変わるものだな!」


 晴明はお鶴と化粧に感心した。

「晴明ちゃん。入るよ~!」

 道満が、ふすまを開けた。篁もその後に続く。

 二人の目の前には、宝石のように美しく、着飾った晴明がいた。


 思わず道満は、ため息をもらした。

「――晴明ちゃん? 本当に晴明ちゃんなの?」

 ぼーっと顔を真っ赤に染めてつぶやく道満。

「ああ、本来なら美夕の方が、似合うと思うのだがな。今回は、私で我慢してくれ」苦笑する晴明。

「晴明! 惚れ直したぞ。オレの女になれ!」

「うわ!?」

 何と晴明を押し倒し、組ひいた。口づけを迫る篁。

 その篁の顔をぐぐぐと、押し戻そうとする晴明。

「このばか者! 私は、男だぞ! お鶴殿に、妙なものを見せるでない!」


 顔を真っ赤に染めて、あわてているお鶴。

「オレは男でも、お前が好きだぞ? さあ! そのくちびるオレによこせ!」

 くくくと笑いを浮かべ、晴明の頬を撫でる篁。


 晴明は、こめかみに青筋を走らせ、わなわなと震えた。

「いいかげんにしろ! このたわけ!!」

 げんこつが、篁の頭に振り下ろされた。篁の頭に、でっかいたんこぶができた。


「ザマーミロ!」


 道満が、舌を突き出して小声でいうと、篁はぎろっと睨んだ。


「天弧様! どうかご武運を」


 村長とお鶴に見送られ、晴明は村人がかつぐ、

 かごに入れられて道満、篁と共に森の生け贄の洞窟に向かった。

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