第五章「無情と情愛の旅路」

第二十八話「道満の告白」❖

 安倍晴明物語☆~夢幻の月~これまでの登場人物紹介


「安倍晴明-あべのせいめい」

 夢幻の月の主人公、希代の陰陽師。中編で自分の想いを美夕に明かした。

 藤原道長に裏切られ、座敷牢に囚われた晴明の運命やいかに?


「美夕-みゆう」

 夢幻の月のヒロイン。鬼と人との混血児。中編で晴明と結ばれた。

 藤原道長の罠で晴明、道満と共に座敷牢に囚われてしまうが…


「蘆屋道満-あしやどうまん」

 播磨の法師陰陽師と呼ばれる素性不明の男性。術に長けており、怪力の持ち主。

 藤原道長の罠で座敷牢に晴明、美夕と共に囚われてしまう。中編で晴明達と同様、混血であることが分かった。


「小野篁-おののたかむら」

 冥府の閻魔大王直属の官吏。好色で困った所もあるが、晴明が子供の頃からの縁があるらしい。

 薬の調合と変化の術が得意。討伐対象の一人、氷獄鬼とは浅からぬ縁がある。


 黒月こくづき

 晴明の式神の鬼神、剣の達人。美夕の事は妹と同然と考えている。

 主の晴明と美夕を傷つける者は誰であっても許さない。妹の白月と再会する。


 白月はくづき

 鬼神の女性、黒月の妹。賀茂光栄に利用され式神にされていたが。

 晴明に救われて晴明の式神になる。


 賀茂光栄かものみつよし

 前編で父親の保憲とぶつかり、そのまま行方不明になっている。


 ☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆


「晴明ちゃん美夕ちゃん、篁。聞いてほしいことがある……

 特に美夕ちゃんに、聞いてほしい大事なことなんだ」

「なんですか? 道満様」

 道満の迷いの感情を読み取り、美夕が不安そうにたずねる。



 道満は、覚悟を決めたように言った。

「実は……俺は、炎獄鬼の息子だ。炎獄鬼はおふくろと恋仲だった、弟の風獄鬼から、おふくろを略奪して、俺が産まれたんだ。俺は奴にごみのように扱われ、

 俺を育ててくれたのは、風獄鬼とおふくろなんだ。あの人は、悪い鬼じゃない!

 俺は風獄父さんを助けたい。俺も美夕ちゃんと同じく、母さんを奴に食われた!

 俺と美夕ちゃんは、腹違いの兄妹なんだよ」

「えっ……うそっ!?」


 美夕は目を見開いて、驚きの表情を見せた。篁の話では風獄鬼の息子と聞いていたが、実は養父らしい。真実はとても、残酷だと知った。

 道満もやはり、自分と同じように炎獄鬼の被害者なのだ。


 道満は美夕と違って、風獄鬼に育てられて一時でも、幸せを感じていた。

 私も、ささやかな幸せを感じながら暮らしていた時期が、あったのだと。

 そう思うと、自分のしようとしている罪の重さに震えが来た。涙が目尻にたまる。



 父をかたきと決めた美夕だったが、道満の強く真っすぐな瞳に決意が揺らぎそうになった。

 震える美夕を横目で見ながら、晴明は道満の話を聞いて

 道満も美夕と同様、いつも明るくしてはいるが。

 

 ここまで生きてくるには、並大抵の事ではなかったにちがいない。

 美夕のためにも、道満のためにも炎獄鬼は倒さなくてはならない相手なのだと

 決意をあらたにするのだった。

「道満様が私の兄様?」

 なによりも、血のつながった道満の存在が嬉しかった。


 美夕は涙で目をうるませながら道満にそっと、寄り添った。

「美夕ちゃん……」

 道満も目をうるませて、抱きしめようとした。

「そこまでだ! 脱走者ども!」

 突如、空から声が、降ってきた。


 それと共に木の上から飛びかかってきたのは、

 尻尾の骨がむき出しになった、巨大な黒犬の妖怪だった。

「あれは犬神!」


 晴明が霊符をふところから取り出しかまえる。

 犬神の背中に乗っているのは、何と光栄だった。

 犬神とは、蟲毒こどくを行った犬の式神である。

 蟲毒とは生き物を捕らえ、閉じ込めて長い間、食料も水もあたえず。共食いさせる。


 そして最後に生き残った、生き物の首をはねて

 その魂を式神にするもっとも残忍で恐ろしい。式神の使役法なのだ。

 晴明は犬神の右足が、振り下ろされる瞬間。近くにいた美夕を横抱きにして飛び上がった。


『グルル!』


 素早く犬神も、飛び上がる。


「空中では、避けることもできまい! バカめ!」

「光栄!」

「出でよ! 朱雀すざく!!」


 形代かたしろが舞い、巨大な紅い神鳥。四神朱雀が現れた。

「朱雀! 美夕をたのむ!!」


 晴明はそう叫ぶと、朱雀の背中に美夕を放り込み、自分は犬神の強力な

 前足の攻撃を食らい下に落ちた。

「キャー! 晴明様ああっっ!!!」

「晴明ちゃん!!!」

「助けろ! みずち!!」


 大蛇の式神が、現れた。みるみる巨大化する蛟。

 道満が蛟を呼び出し、晴明はその上に落ちたので助かった。

 チッと、悔しそうに舌打ちをする光栄。


 朱雀は美夕を乗せて主人の元へ戻ろうとした。

 その瞬間、犬神は牙をむいて朱雀の首に噛みついた。


『グアオウッ!!』

『クエエーー!!!』


 つんざくような悲鳴をあげる朱雀。赤い羽毛が飛び散り、犬神の鋭い牙が突き刺さる。

 朱雀も負けじと、炎を吐き出し、犬神の体を焼いた。

 しかし、犬神は火をかき消して爪で朱雀を切り裂いた。


 真っ赤な鮮血が噴出し、犬神の黒い毛を染めた。

 朱雀がかき消えて、術者の晴明に激痛がはしる。

「ぐああ! がはっ!?」

 胸をかきむしって、血を吐く晴明。


 地面に降り立つ犬神、光栄は美夕を脇に抱えていた。

「フフフ……犬神の力を見たか。化生けしょうぎつねめ! この女はあの方へのにえにするため、連れていくぞ!!」

 光栄はにやりと笑うと、その場を立ち去ろうとした。

「させるか!!」

 晴明は四神の白虎を。道満は蛟を放った。



 しかしその時。吹雪と共にまるで、白雪のように白い髪を持つ美しい鬼女が目の前に現れて、凍てつく息を吹きかけるとたちまち、晴明達の前に氷の壁がそびえ立った。

「あれは、氷獄鬼ひょうごくき!」

 ちっと、眉間にしわを寄せて舌打ちする篁。


 氷獄鬼イメージAIイラスト

 https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818023214089779154


「晴明様―――!」

「美夕―――!」


 晴明と美夕の互いを呼び合う声は、山々にむなしくこだましていた。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ◇夢幻の月の人物◇


 炎獄鬼えんごくき

 地獄を脱走し、妻を食らい美夕の集落を惨劇に巻き込んだ張本人。


 氷獄鬼、雪花 (ひょうごくき、せつか)

 地獄を脱走した鬼の一人。篁と氷獄鬼の二人は恋人同士だったらしい。


 風獄鬼ふうごくき

 地獄を脱走した鬼の一人。

 道満の養父。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 後編、第五章始まりました。

 これから、目が離せない場面の連続なので、よろしくお願いいたします。

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