第二十六話「裏切り」

 道満は美夕を横目で見て軽く口角をあげた。道長は言う。

「蘆屋よ。わしは今、ある方のご命令で化生狩りをしている。貴様の無礼は

 その娘を差し出せば、許してやろう。さもなければ、殺す!」

「んのやろっ! 誰が美夕ちゃんを渡すか! 死んでも渡さねえ」


 道満は真っ赤になって怒り、美夕をかばった。

「道満様!」

 道満の背中にすがる美夕。

「捕らえろ」


 道長が命令すると、一斉に武士達が道満と美夕に襲いかかった。

「晴明ちゃん、直伝の術を受けてみろ!」


 道満は印を結ぶと、真言を唱えた。

「オン・ベイシマランダヤ・ソワカ。聖壁の術!」

 道満と美夕の周りに青白く光る光の壁が現れた。


 武士が刀で切ろうとするが、刃こぼれして強固な壁は、破れない。

 道満はニヤッと笑い、べえっと舌を出した。


 しかし、道長は焦ることなく武士に命令すると、三吉と村人を人質に取った。

「たすけて! 道満兄ちゃん!」

 泣き叫ぶ三吉。か細い首には刀が当てられている。

「このっ! 卑怯者め!」


 道満は歯ぎしりをして、眉間にしわを寄せた。

 しかし、どんなことをしても美夕だけは

 守らなければならないと。道満は結界を解かなかった。


 すると、道長は武士に命じ三吉や村人を殺そうとした。

「お待ちください! 道長公」


 涼やかな声が聞こえ、武士達の集団の中から現れたのは、晴明だった。

「晴明ちゃん!」

「晴明様!」

 歓喜の声をあげる、道満と美夕。


 期待のまなざしで見つめている。

 だが、晴明は道長にひざまずくと、静かにこういった。

「道長様…道満の術で、お困りなら

 どうか私の助言をお聞きくださいませ。」

「ほう、晴明。申してみよ」


 晴明は道長のおかかえの陰陽師だ。まさか、美夕達を裏切るのだろうか。

「はい……道満は私の弟子。師匠の私が一番よく知っております。

 この術において、道満は練りと詰めが甘く、簡単に崩すことが出来ます」


 晴明は人形ひとかたを懐から取り出すと念じた。

「いでよ! 黒月、白月」

 鬼神、黒月と白月が現れた。

「黒月、白月。この結界を壊せ……」


 その言葉に道満、美夕、白月は、耳を疑い唖然とした。

「そっ、そんな! これを壊せば美夕ちゃんと、道満様が!」

 白月が慌てて訴えると、黒月がギロリと睨んだ。

「白月…お前は、主人の晴明の命令が聞けぬのか!」

 と厳しい口調でいった。


 白月は動揺しながら晴明を見て、道満を見て

 美夕を見ると、黒月の方を向き直りうつむき加減で

「はい…ごめんなさい。兄様。晴明様のご命令は、絶対です」とうなずいた。

「よし…」


 黒月はうなずくと、道満の結界にかまいたちを放った。

 ガキン!ザリ、ザリ!

 結界が削れていく。

「やめろ! 黒月! 晴明ちゃん! なぜなんだ!?やめさせてくれ!」


 道満が晴明に、荒々しくも必死に頼みこむが、

 晴明は静かに、目を閉じたままだ。続いて白月が、かまいたちを放つ。


 風の刃が、黒月の付けた傷に突き刺さり、縦横無尽に、結界の一部ををえぐり取る。

「やめて! 白月さんっ!! 晴明さまっ! 私はあなたを信じています。でもっ!

 どうか、道満様と村人の方たちは、お助けください!」

 愛する美夕の必死の願いにも、微動だにしない晴明。



 間髪入れずに黒月、白月が同時にかまいたちを放つ。

 とうとう、結界は大きな音をたててこっぱみじんに砕け散った。

「くそおっ! 美夕ちゃんだけでも、守り切ってやる!!」

 道満は、朱の気をまとった錫杖で敵の集団をなぎ払った。


 強い! 強い! 道満は、次々と襲い来る武士達を棒術や法力で倒していく。

 その光景に道長は、ごうをにやして歯ぎしりする。

「晴明! こいつを何とかしろー!!」

「やれやれ……せっかちな、お人だ」


 晴明は、まるで木の葉が、舞い込むように道満のふところに、するりと入った。

「この! 晴明、よくも!!」

 道満は、怒りで顔を真っ赤にして、晴明の胸倉を掴もうとした。


 しかし、逆に晴明は道満の力を利用し胸倉を掴むと、地面に叩き付けた。

 師と弟子、力の差は歴然だった。

「ぐう、くそっ……!」

 道満は身体を半分起こし、晴明を睨みつけると右足に力を入れ接近した。

 左こぶしが晴明を、とらえようとした時。

「キャー! 助けて!!」


 晴明と道満が振り向くと、武士の一人に美夕が人質に取られていた。

「道長様! 美夕には手を出さないと、約束したでは、ありませぬか!」

「化生は全て捕らえよとの、あのお方のご命令だ!

 貴様も、数に入っているのだよ。晴明!」


 道長はニヤリとほくそ笑んだ。

「それでは、村人を皆殺しにしないという。お約束は」

「それは、守ろうではないか。大事な年貢が採れなくなるのでな。

 だだし、それは貴様も供物くもつになればの話だ!」


 そう来たか、晴明は軽く笑みをこぼした。

 やっと、奴のふところへ入れる。道長を豹変させた、黒幕に。


 晴明は、武者震いをした。

「良いでしょう! 私の身を、ささげます」

 強く前へ歩み出た。その代わり、美夕や道満を守り抜き、

 捕らわれの仲間を、必ず救い出すと心に決めて。

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