第二十四話「篁と泉にて」

 美夕はこの前の詫びがしたいと篁に誘われた。

 ここは森の中の泉、小舟に二人で乗ることになった。

 篁が舟の上で美夕に頭を下げて謝っている。

 もみじの木々に囲まれ透き通った泉の風景に美夕の心が休まる。

 葉が落ちてきて膝に乗った。それを拾って嬉しそうにみる。



「もみじと泉が素敵なところです」

 頬に手を当て美夕はほうと溜息をもらした。きつく怒った表情をしていた、

 美夕の顔がふっと、笑顔にゆるむ。

「そうか! 気に入ってもらえて良かった」

 篁がほっと、胸をなでおろしてにっこりと安堵する。


 水干のたもとを探る。緑色の布袋を取り出しひろげた。

 中にはおいしそうな干し柿が入っていた。

「わあっ! おいしそうな干し柿ですね」

 美夕が瞳を輝かすと篁はくすっと笑った。

「お前のために持ってきたんだ。食っていいよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

 嬉しそうに手を伸ばし、干し柿を頬張る美夕。


 それを目を細めてみている篁。

 良い雰囲気、はたから見れば、お似合いの恋人どうしのようにもみえる。

 いつものふざけた態度がなければ、こんなにも、格好良い人なのにと美夕は不覚にも思ってしまう。篁が舟を漕ぐたび水面に波紋が広がる。その時ふと、篁が言った。

「干し柿はあいつが、雪花せつかが好きだったんだ」

 その横顔はとても、苦しそうで切なげに見えた。


 その様子に美夕は、普段の好色な篁とは違った印象を感じて

「雪花さんって誰ですか」と問いかけた。

「オレの恋人だ」

 篁は悲しげに微笑んだ。

「今の雪花さんは、どうしているのですか」

「今はどうしているかは、わからない。ずっと、前に別れたんだ」

 これ以上聞くことは色恋を良く知らない美夕でも、野暮だと思った。



 だが、これからの晴明のために関係しているような気がして聞いてみた。

「どうして、別れたのですか」

「はは、突っ込むなあ」

 篁は自嘲的じちょうてきに笑った。



「まあ良い、聞かせてやる」

「雪花は地獄の鬼だった。名を氷獄鬼ひょうごくきという。オレと雪花は祝言を約束した仲だった」

「だが、種族違いの恋愛だったため、閻魔王様に別れさせられた。

 何度、あの時。駆け落ちしようと思い詰めたことか!

 だがそれは出来なかった。あいつは、兄の炎獄鬼と地獄の掟を破りこの世界へ逃亡してしまったんだ。オレは閻魔王様のご命令で裏切り者の雪花達の処刑を命じられた。オレはあいつを殺したくない! 雪花を愛しているんだ!」篁は涙を流して叫んだ。



 美夕は痛々しい姿に胸がズキンと痛み、気が付けば篁をその腕に抱きしめていた。

 甘い香の香りと温もりが篁を包む。驚いた篁は目を見開いた。

「美夕、オレなんかを抱きしめていいのか?」

 美夕は目じりに涙の玉を浮かべ呟いた。

「だって、今の篁様は今にも消え去りそうで。放っておけなかったから」

「そうか…ありがとう」



 しばらくして、落ち着くと篁は、真剣な表情で見つめてきた。

「美夕、蘆屋には近づくな!」

「えっ? 今なんて」美夕は耳を疑った。

「蘆屋道満には、近づくなといったんだ」

「どうして? 道満様は、私の家族です!」

 美夕は眉を吊り上げた。



「あれは、お前の思っているような奴じゃない。

 炎獄鬼の弟、風獄鬼の息子なんだ!」

 美夕は頭に血がのぼった。


「ふざけないで! なんですか、いきなり!

 私は道満様とずっと、一緒に暮らしてきました。

 昨日、今日来たあなたになにがわかるというのですか!?

 あの人はとても優しくて良い人です。せっかく少し見直したのに。篁様、見損ないました!」


 美夕は涙を浮かべて篁を睨んだ。

「オレを信じろ!美夕」

 篁は美夕を強く抱きしめた。

 美夕はもがいたが、篁の瞳が寂しげで心が痛んだ。

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