第二十三話「夢幻の月夜のふたり」

「それだ!」

 晴明が身を乗り出すと。晴明の影の中から男の意地汚い邪気を感じた式達が飛び出した。

「ぎゃっ!?」

 ちょうど霊力の無い人間でも見られる低級の小鬼だったため。

 店主は、びっくりして泡を吹いて倒れた。

「やれやれ、ほら戻れ」

 晴明が手を叩くと式達は晴明の影の中に戻った。

 晴明は神経を研ぎ澄まして炎獄鬼の気配を探ったが、感じ取ることはできなかった。



「この人達はどうするのですか?」

「じき、検非違使けびいしが見回りにくる。その時、引き渡すさ」

 カロリーヌは海水に尾びれをひたした。

「ああ、気持ちいい。生き返るようだわ。これであたしも自由になれるのね」

「よかったですね! カロリーヌさん。もう捕まってはだめですよ」

 美夕が微笑んだ。

「晴明様。美夕さん。あなた方には何て、お礼を言ったらいいか。そうだわ」

 カロリーヌは自分のるり色のうろこを美夕に手渡した。



「これは?」

「このうろこは、祈ればたちどころに雨を降らせるというものよ。

 お礼にもならないけど、困った時に使って」

「綺麗…… ありがとうございます。カロリーヌさん」喜ぶ美夕。

「それから晴明様。あなたには」

 カロリーヌはすっと晴明に近づくと頬に口づけをした。

「晴明様、大好き。これがお礼ですっ」

 カロリーヌは頬に手を当てて顔を真っ赤に染めた。



「ああ、ありがとうな」

 晴明はにっこりと目を細めた。

「んなっ!? 晴明様――――!!」

 美夕は、顔を真っ赤にして叫んだ。

 カロリーヌは晴明と美夕に礼を言って海にかえっていった。

 その後、晴明は見回りに来た検非違使に事情を話して店主とごろつき達を引き渡した。



 ◇ ◇ ◇


 静かな波の音が聞こえる。星空の下、月の光に照らされて

 晴明と美夕は潮風に吹かれながら海岸の岩の上に腰かけていた。

「おい、美夕」

「晴明様なんて、知りません!」

 美夕の怒ったような返答が返ってきた。

 どうやら先ほどの事でまだ怒っているらしい。


 晴明は静かに美夕に近づくと優しく抱きしめた。

 そのまま、首筋に唇をはわせる。

 ドキン…美夕の心臓が高鳴り、顔が真っ赤に染まる。



「こ、こんなことしたって。許しませんよっ」

 美夕の声が裏がえっている。晴明は耳元で甘くささやいた。

「いいか? 美夕。私が愛おしいと思えるのは、お前だけだ。わかったな」

 その何でも知っている紫の瞳に見つめられると美夕は逆らえない。

「はい、晴明様」美夕はとろんとなり、まるで催眠術にでも掛かったかのように

 うなずいていた。気が付くと月は青く光る幻想的な満月になっていた。

 晴明の姿もいつの間にかに狐の半妖の姿へと変わっていた。



「ああ、今宵は夢幻の月が見える夜なのだな」

 晴明はそう呟いた「夢幻の月? それ、なんですか」

 すると晴明は切なげに微笑んだ。


「ああ、母上に聞いた月の名だ。化生の者だけにみえる月。

 人の世からも拒絶された者さえも優しく包み込む神秘の月。

 母上はあの月のように優しい人になりなさいといわれたのだ。」

「俺と別れた母上を繋ぐのがこの月の記憶だった。

 幼い俺には理解できなかったが、今の俺には」といいかけ美夕に視線を移した。



「今の晴明様には?」熱っぽい視線にどきどきしながらいうと。

 晴明は、ふわふわの純白の尻尾を、美夕の腰に巻きつけてきた。

「今の俺の隣には、美夕お前がいる。

 俺はおまえを守るためならいくらでも、強くなれる。

 この命、いつでも投げだすことができる。美夕愛している」

「私も、私もこの命よりもあなたをお慕いしております」



 美夕は祈るように両手を組み涙をあふれさせた。

「ん…」

 晴明は口内に舌を挿入させ深くくちづけた。

 優しく押し倒す。美夕は何も考えられなくなり頭が真っ白になった。

 晴明は、美夕のはだけさせた胸に口づけをし始めた。

「あっ……だめです。晴明さまあっ」

 美夕の桜色の蕾を口に含み、優しく吸った。

「つっ、晴明様。くすぐったいです」


 美夕は、顔を真っ赤にして瞳をうるませ晴明に訴えた。

 晴明はくすっと笑い美夕の髪を撫でた。

「美夕よ。俺はお前が欲しいが。まだ、早すぎたようだな。」

 晴明は名残惜しそうに美夕の左側の鎖骨に口づけ、朱を散らした。



 朱が五芒星ごぼうせいの形になる。その言葉に美夕は、

「ごめんなさい。晴明様、ご期待にそえなくて」

 しゅんとして、落ち込んでいる。

 晴明は、美夕の着物の乱れを直すと、抱き起こした。

 晴明は美夕を膝に乗せて、抱きしめ。額をこつんとくっつけた。


「晴明様、よろしかったのですか?」

 まだ気にしている美夕を、晴明は少し困ったように微笑み。

「まだ、気にしているのだな?  今夜は月の魔力が強く。変化がまだ、解けぬらしい。

 これ以上、この姿でするとお前を傷つけてしまうかもしれぬ。この先は夫婦となってからだ」

 額に口づけを、落とした。するとやっと、美夕は納得して、落ち着いたようだ。



「これをお前にやろう。」

 晴明は懐から、鮮やかな赤いさんごのかんざしを取り出すと、美夕の髪にさしてやった。

 それは、市で買っておいた一点物の品だった。

「わあっ、綺麗です。嬉しい! 私大切にしますね」

 美夕は愛らしく花のように微笑んだ。



「美夕。お前に俺の真名まな、もう一つの名を教えよう。

 これは、俺の命とひとしいものだ。名を、はるあきらという」

「晴明様! そんなに大切な御名を良いのですか」驚いて聞いた。

「ああ、お前を信頼しているからな。」晴明は涼やかに微笑んだ。



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 カロリーヌを見ていると童話の人魚姫を思い出します。

 最後までお読みいただきありがとうございます。

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